<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<?xml-stylesheet type="text/xsl" media="screen" href="/~d/styles/rss2japanesefull.xsl"?><?xml-stylesheet type="text/css" media="screen" href="http://feeds.feedburner.com/~d/styles/itemcontent.css"?><rss xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:feedburner="http://rssnamespace.org/feedburner/ext/1.0" version="2.0" xml:lang="ja">
<channel>
<title>思索の海</title>
<link>http://d.hatena.ne.jp/dlit/</link>
<description>思索の海</description>
<dc:creator>dlit</dc:creator>


<atom10:link xmlns:atom10="http://www.w3.org/2005/Atom" rel="self" type="application/rss+xml" href="http://feeds.feedburner.com/dlit-sea" /><feedburner:info uri="dlit-sea" /><atom10:link xmlns:atom10="http://www.w3.org/2005/Atom" rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com/" /><item>
<title>[雑記]ご報告</title>
<link>http://feedproxy.google.com/~r/dlit-sea/~3/XTzNsSaVxE4/1333451063</link>

<description>&lt;div class="section"&gt;
&lt;p&gt;　この四月から筑波大学の助教になりました&lt;span class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#f1" name="fn1" title="最初は大学名はぼかそうかとも思いましたが、実名と紐付けているアカウントなので検索したらすぐばれますしね。"&gt;*1&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;。初の専任教員です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ここで書くことはこれからもあまり変わりが無いかと思いますがこれからもよろしくお願いいたします。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;おまけ&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　今回報告をしていて、これだけ色々な方に心配していただいていたのだなあということに今更ながら気付き、うるうるきてしまいました。なんとか良い報告ができて良かったです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　まさか母校（学部・院ともに）に就職することができるとは思っていなかったのですが、母校の教育に貢献できる機会を得たということはやはり嬉しく思います。&lt;/p&gt;
&lt;/div&gt;
&lt;div class="footnote"&gt;
&lt;p class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#fn1" name="f1"&gt;*1&lt;/a&gt;：最初は大学名はぼかそうかとも思いましたが、実名と紐付けているアカウントなので検索したらすぐばれますしね。&lt;/p&gt;
&lt;/div&gt;&lt;img src="http://feeds.feedburner.com/~r/dlit-sea/~4/XTzNsSaVxE4" height="1" width="1"/&gt;</description>

<dc:creator>dlit</dc:creator>

<pubDate>Tue, 03 Apr 2012 11:04:23 GMT</pubDate>



<category>雑記</category>


<feedburner:origLink>http://d.hatena.ne.jp/dlit/20120403/1333451063</feedburner:origLink></item>

<item>
<title>[学問][専門家と素人]「専門家は〜してない（からイカン）」的な何かと想像力の話（あと言語学はなめられているか）</title>
<link>http://feedproxy.google.com/~r/dlit-sea/~3/o9eCz10E5vw/1330926812</link>

<description>&lt;div class="section"&gt;
&lt;p&gt;　話の背景というか発端についてはばらこさんの以下のエントリをお読みください。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/rosechild/20120228/1330440112" target="_blank"&gt;物理学者は摩擦をスルーすることが文脈か？ - ばらこの日記&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;あとそれに続くエントリもおすすめ。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/rosechild/20120301/1330610686" target="_blank"&gt;素人は黙るな。あるいは信頼できる論者について、お前がいうな、的な。 - ばらこの日記&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;僕が付け加えられることはあまり無いのですけれど便乗して過去に書いたものの宣伝でもしてみようかなと思います。というかほとんど断片的な愚痴の集積です。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;まず、言語研究者は文脈を考慮しないか&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　そんな適当な研究したらゼミ・研究会レベルで真っ先にツッコミが入ると思います。文法研究の論文とかで文脈との関連が取り上げられていなかったら、それは無視されているのではなく、検討した結果（それほど）関係無いので取り上げないということが多いでしょうね。「大きな問題なので改めて論じる（≒難しいので後回し・誰かやってくれないかな）」ってこともありますけど。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　もちろんその検討が不十分だったら他の研究者からツッコミが入って、さらに研究が進んでいくわけですね。というか言語研究でそれまでの文法研究に対して文脈・語用論的条件・自然談話なんかを考慮すると別の研究の可能性が開けてくるってのは結構よく見かけるパターンのような気が…しかもごく最近の話でもないような。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ただ文脈に大きく左右される現象（の多く）は語用論や談話・文章研究と呼ばれる領域で取り扱われることも多いので「文法」というキーワードだけに注目していると見逃す可能性はあるかなあ…文法研究でも文脈との関連について踏み込んで言及されるのもよく見かけますけどね。また、言語研究の入門書レベルでもその辺りのことは言及されますよ。たとえば以下の書籍でも&lt;/p&gt;
&lt;div class="hatena-asin-detail"&gt;
  &lt;a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4469211451/?tag=hatena_st1-22&amp;ascsubtag=d-9k3i"&gt;&lt;img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/510VMMBYXXL._SL160_.jpg" class="hatena-asin-detail-image" alt="現代言語学20章―ことばの科学" title="現代言語学20章―ことばの科学"&gt;&lt;/a&gt;
  &lt;div class="hatena-asin-detail-info"&gt;
    &lt;p class="hatena-asin-detail-title"&gt;&lt;a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4469211451/?tag=hatena_st1-22&amp;ascsubtag=d-9k3i"&gt;現代言語学20章―ことばの科学&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
    &lt;ul&gt;
      
      &lt;li&gt;&lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;作者:&lt;/span&gt; &lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B8%A5%E7%A1%BC%A5%B8%A5%E6%A1%BC%A5%EB" class="keyword"&gt;ジョージユール&lt;/a&gt;,&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%A3%B0%E6%CB%AE%C9%A7" class="keyword"&gt;今井邦彦&lt;/a&gt;,&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%C5%E7%CA%BF%BB%B0" class="keyword"&gt;中島平三&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
      
      &lt;li&gt;&lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;出版社/メーカー:&lt;/span&gt; &lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E7%BD%A4%B4%DB%BD%F1%C5%B9" class="keyword"&gt;大修館書店&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
      
      &lt;li&gt;&lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;発売日:&lt;/span&gt; 1987/12&lt;/li&gt;
                                                      &lt;li&gt;&lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;メディア:&lt;/span&gt; 単行本&lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;購入&lt;/span&gt;: 2人 &lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;クリック&lt;/span&gt;: 22回&lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/asin/4469211451" target="_blank"&gt;この商品を含むブログを見る&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
    &lt;/ul&gt;
  &lt;/div&gt;
  &lt;div class="hatena-asin-detail-foot"&gt;&lt;/div&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;p&gt;20章のうち2章が文脈に（大きく）関わる言語現象を取り扱う領域の紹介に割かれています。ただ「言語学の入門書」と言っても網羅的でないものも結構あるので知らない人がちょっと探す範囲だと見かけないこともあるかな。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;Wikipediaとか&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　まあ「研究ではそうかもしれないけどそれが社会に還元されていない」とか言われてしまうとそういう側面はあるかもしれません。それでも「あたかも「文脈は文法ではスルーする」ということが、言語学者たちにとって世界共通の文脈であるかのように」というのは言い過ぎだと感じますねえ。僕が言語学の関係者だからかな。専門の論文じゃなくてもちょっと大きめの書店やgoogle booksでチラ見する程度でもそんなこと言うのは躊躇する根拠になる情報ぐらいは見つけられそうなもんですが…&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　Wikipediaにある程度十分な情報があってほしいという気持ちはわかりますし、僕も積極的に編集に関わったりしているわけではないので偉そうなことは言えないんですけど、「語用論」の項目をのぞいてみたら&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;語用論は統語論などの研究者から見れば枝葉の研究と見なされがちである一方、実際の使用と切り離して文法や意味の理解に至ることはできないという立場をとる研究者もいる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%9E%E7%94%A8%E8%AB%96" target="_blank"&gt;語用論 - Wikipedia&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;とか書いてあってやっぱりもうちょっと編集に関わったほうがいいかなとも思ったり。「見なされることもある」ぐらいの言い方ならそう言いたくなる気持ちもわからないでもないんですけどね…&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;専門家によるネガキャン&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　ややこしいのは、専門家自身が「〜学はこういう事実や観点に気づいていなくてダメ」みたいな言い方を一般書や入門書でしちゃうことがあるんですよね。もちろんその情報が事実だったら良いんですけど、そうじゃない上に書いてるのが「言語学者」って肩書きを持っていてしかもビッグネームだったりするから困ります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　僕は個人的にそういうのはまずいなと思っていて、ここでもたまに愚痴っています。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/dlit/20100818/1282130262" target="_blank"&gt;金谷武洋氏への批判記事についてのまとめ、あるいはFAQ - 思索の海&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/dlit/20110606/1307354707" target="_blank"&gt;今さら書評：鈴木孝夫・田中克彦(2008)『対論 言語学が輝いていた時代』 - 思索の海&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;上記から少し引用。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;Q4. 一般向けの本なのである程度の間違いは仕方ないのではないですか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;A4. 一般向けの本であるからこそ問題です。なぜなら、上に書いたような問題（研究史上における位置付け、学界における受容）は、実際に資料や文献を調べたことがある人、実際に学界に身を置いている人、つまり専門家でないと気付けないことだからです。たとえば論理のおかしさ、などであればいわゆる素人でも気付く余地がありますが、素人が気付くことの大変難しい事実について、しかも一般向けの本で間違った記述をすることは、専門家として大変問題であると思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/dlit/20100818/1282130262" target="_blank"&gt;金谷武洋氏への批判記事についてのまとめ、あるいはFAQ - 思索の海&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;　「〜学には〜に関する研究が無い」ってのもここでの「気付くのが難しい」情報だと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　言語学/言語研究って研究領域が色々ある上に各言語ごとに研究があるもんだから研究の量自体が膨大ですし、しかも「〜に関する研究がある」って言うのに比べて「〜に関する研究は無い」ってことを言い切るためには可能性のある範囲を全部調べている必要があるので、ほんとに言い切ることができる研究者はそんなに多くないと思います。僕だったらよっぽど自信のある研究テーマ以外では「見かけない」とかそういう慎重な言い方を選びますね。いや自分の専門でも言い切るのは怖いかなあ…論文とかだと「管見の限り」っていう必殺技がありますが。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　余談ですが小飼弾氏は金谷氏の著作を結構好意的に紹介していたことがありまして、著作でも好意的に紹介したりしてと思うとちょっと暗い気分になっちゃいますね。asaokitanさんが最近ツイッターで僕のエントリを紹介してくれたようなのですが（ありがとうございます！）、僕程度の書いたものだとあまり影響無さそうです。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;知らない分野に対する想像力&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　なんでこう長々としつこく書いているかというと、「自分の知らないところで支払われている多大な労力/コスト/人生がある」ことに対する想像力って大事だと思うのですよね。それが意義のあるものなのか「良いこと」につながるのかという辺りの評価は難しいこともあると思いますけど。以下長いですが過去の関連するエントリから引用しておきます。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;科学を含んだ、学問という活動は基本的に蓄積の上に成り立っています。僕はこの活動において、「正しい方法で間違った人々（研究）」が重要な役割を果たしていると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　一般書などでよく紹介されるのはやはり特に重要な研究を発表した人や、最初は間違っているとされながら、後にその正しさが認められた人だったりするのでなかなか認識されないのは仕方が無いと思うのですが、実際の研究の世界では無数のチャレンジがあり、多くの失敗…というか上手くいかなかった研究があるのです。後になって否定されるものもたくさんあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　重要なのは、それらが結果としては上手くいかなかったとしても、きちんと学問の（＋それぞれの分野の）方法に従っている、ということです。そういう研究があるからこそ、次の人は同じ失敗を避けたり、どこかを改めて再挑戦したりできるわけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/dlit/20080511/1210475786" target="_blank"&gt;僕がニセ科学問題に（ちょこちょこ）コミットしているわけβ版 - 思索の海&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;これは学問に限らず当てはまるところもあるのではないでしょうか。学問に限らず専門領域に対するリスペクトが無い社会ってなんだか嫌な方向に行きそうな気がしています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　こういった重要性を知るために、学問に関しては卒論が意外と重要だなと思っていて以前こんなことを書きました。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;世間一般に出回る新書や啓蒙書に書かれているようなことを導き出すまでに、専門の研究者がいかに地道な作業、考察を膨大に行っているかということに直接触れるのにはやっぱり卒論執筆というのが一つの良い機会なのかな、と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　もっと簡単に言ってしまうと、「この問題について”専門的に論じる”ためには最低これだけのものを読んで考えないといけないリスト」を目の前にして圧倒されるという経験が一度ぐらいあっていいのではないか&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/dlit/20080111/1200007451" target="_blank"&gt;卒論と学問リテラシー？ - 思索の海&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;もちろん、卒論（や卒業研究）自体を体験する機会が無かった人たちにどう知ってもらうか、という問題はあります。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;言語学はなめられている？&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　ばらこさんのエントリに着いているブコメには言語研究関係者のなげきがいくつか見られますね。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/rosechild/20120228/1330440112" target="_blank"&gt;はてなブックマーク - 物理学者は摩擦をスルーすることが文脈か？ - ばらこの日記&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;僕の感覚ではなめられているというよりは忘れられている、知られていないという感じですかね（それをなめられていると言うのかもしれない）。以前からちょこちょこ書いてるのですが、言語学（の考え方）を少しで良いので義務教育で導入しちゃうってのはどうですかね。異文化理解とか言語運用能力とかが重要って言うんだったら使える話がいっぱいありますよ。わりとマジです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　言語自体はなじみも興味もある話題なので耳目を集めやすいのに加えて、一部の、他分野への敬意が無く言語学もよく知らない何かの専門家/研究者とか、知識人と言えば良いのでしょうかよくわからない頭の良さそうな人たちとかが、自分の経験とか新書で得た知識とか三十年ぐらい前のしかも学部で習うレベルの言語学の内容とかだけをもとにてきとーなことを言うのがややこしいです。心の狭い僕はあまりスルーできません。しかもてきとーなことを言うだけならともかくなぜか「言語学」が「過去の研究を墨守するだけの頭のかたい象牙の塔の住人」みたいに槍玉にあげられたり…今後もここやブコメで愚痴り続けると思うのでこの辺にしておきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　さて、最近掛け算の順序と言語の関係について少し書いたのですが、&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/dlit/20120223/1329972884" target="_blank"&gt;掛け算の順序と自然言語の対応についてちょっとだけ - 思索の海&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;その後次の本があることを教えてもらいました。&lt;/p&gt;
&lt;div class="hatena-asin-detail"&gt;
  &lt;a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4627010591/?tag=hatena_st1-22&amp;ascsubtag=d-9k3i"&gt;&lt;img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/412WXBMN77L._SL160_.jpg" class="hatena-asin-detail-image" alt="言語と数学 POD版" title="言語と数学 POD版"&gt;&lt;/a&gt;
  &lt;div class="hatena-asin-detail-info"&gt;
    &lt;p class="hatena-asin-detail-title"&gt;&lt;a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4627010591/?tag=hatena_st1-22&amp;ascsubtag=d-9k3i"&gt;言語と数学 POD版&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
    &lt;ul&gt;
      
      &lt;li&gt;&lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;作者:&lt;/span&gt; &lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%E5%C3%AB%C0%C5%C9%D7" class="keyword"&gt;水谷静夫&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
      
      &lt;li&gt;&lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;出版社/メーカー:&lt;/span&gt; &lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%B9%CB%CC%BD%D0%C8%C7" class="keyword"&gt;森北出版&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
      
      &lt;li&gt;&lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;発売日:&lt;/span&gt; 2005/05/08&lt;/li&gt;
                                                      &lt;li&gt;&lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;メディア:&lt;/span&gt; 単行本&lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;購入&lt;/span&gt;: 2人 &lt;span class="hatena-asin-detail-label"&gt;クリック&lt;/span&gt;: 19回&lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/asin/4627010591" target="_blank"&gt;この商品を含むブログを見る&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
    &lt;/ul&gt;
  &lt;/div&gt;
  &lt;div class="hatena-asin-detail-foot"&gt;&lt;/div&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;p&gt;初版は1970年ですね。図書館で借りたのは第二版(1972)ですが、その前書きから引用して締めにしたいと思います。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;わたくしは言語研究者の中では理屈で割り切るのが好きな方ですが、そんな人間から見ても他分野の人の言語（日本語や英語のような「自然言語」）の扱い方にだいぶ不満を覚えるのが普通です。例ならいくらでもあげられますし、特に「日本語の非論理性」についての論理的でない床屋政談などは概して腹立たしいほどですが、それだけになおさら、諸分野間の風通しをよくしなければなりません。その一つの試みとして、国語学者側からの発言がしてみたい―これが、わたくしが本書の執筆をお引き受けした動機の一つでした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（水谷静夫『言語と数学』「はしがき」より）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;一応、このブログは言語学/言語研究の営業・広報も兼ねているつもりで書いています（ちなみに今のところ営業妨害だからやめろという苦情はいただいておりません）。僕がやっていることと言ったらここで愚痴っているのがほとんどですが、これを読んで営業活動もがんばろうと勇気付けられたのでした。&lt;/p&gt;
&lt;/div&gt;&lt;img src="http://feeds.feedburner.com/~r/dlit-sea/~4/o9eCz10E5vw" height="1" width="1"/&gt;</description>

<dc:creator>dlit</dc:creator>

<pubDate>Mon, 05 Mar 2012 05:53:32 GMT</pubDate>



<category>学問</category>

<category>専門家と素人</category>


<feedburner:origLink>http://d.hatena.ne.jp/dlit/20120305/1330926812</feedburner:origLink></item>

<item>
<title>[言葉]掛け算の順序と自然言語の対応についてちょっとだけ</title>
<link>http://feedproxy.google.com/~r/dlit-sea/~3/CMT2f79vKKU/1329972884</link>

<description>&lt;div class="section"&gt;
&lt;h4&gt;はじめに&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　これもはてブなどで微妙に書く書く詐欺を働いてきた件なので少しだけ書いておきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　この問題については以下のページが参考になります。ページタイトルを見るだけで何が問題にされているのかわかるのが良いですね。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/LaTeX/20101123Kakezan.html" target="_blank"&gt;かけ算の式の順序にこだわってバツを付ける教え方は止めるべきである&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;幅広く議論と情報が蓄積されているので全部読むのは大変ですが、気になった方はまずこちらをじっくり読むのが良いのではないかと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　念のため、以下の議論はこの掛け算の順序問題の大勢には影響ないのではないかと今のところは考えています。言語と認識/思考の関係などについて興味のある方などお暇つぶしにどうぞ。このブログでは普通なのですが「ちょっとだけ」とか言ってるわりには結構長いです。あとまだまだ荒い議論なのであくまでも参考程度に。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;問題は何か&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　僕が気になっているのは、次のような考え方です。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;(1) 掛け算の順序は対応する自然言語によって異なる（べきである/のが自然）&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;　「考え方」と書いたのはこれが「主張」と言えるほど強いものなのかいまいちわからないことが多いからです。議論の途中で時々出てくるのですが、あまり突き詰めて議論されているのを見たことがありません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　さて、(1)だけではよくわからないと思いますので、典型的な具体例を挙げます。僕が使っている電子辞書の「ジーニアス英和大辞典」の名詞"time"の「〜倍」という語義の解説に分かりやすい例が載っていたのでそのまま引用します。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;(2) 「1個10セントのみかんを5個買った」場合、日本語では10×5と立式するが、英語では5×10と立式する（読み方は five times ten）&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;　これを踏まえると、(1)の主張は詳しくは次のようになるのでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;(3) 同じ状況について自然言語の表現で掛け算を表す場合、言語の種類によって数の順番に違いが出る。その違いが掛け算の式にも反映される（べきである/のが自然）&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;いや、この英語の"X times Y"の例を出しているのは結構見かけるんですけど、その例からどのような論理を経て「掛け算に順序がある」という主張につながるのかわからないことが多くて…わりとはっきりと主張している例としてたとえば以下の記事が挙げられますが、&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://nlogn.ath.cx/archives/001450.html" target="_blank"&gt;nlog(n): いまさらだけど算数のかけ算には順番があるよ&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;なぜ自然言語上の違いを式にも反映させるべきかという論理そのものは詰められていないように思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　一言語研究者としては、式に対応する自然言語上の表現はたくさんありそうだけどどの表現との対応を考えるのが良いのかちゃんと決められるんだろうか、とか、全ての自然言語が（上で見たような）英語式が好ましいか日本式が好ましいかに分けられるなんてことがあるんだろうか、とか色々疑問がわいてきて、前からもやもやしています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　このエントリでは言語の観点に絞って(1)や(3)のような主張をしたい場合は何について（も）考慮しなければいけないか、という点について書いておきます。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;対応する言語表現は決められるのか&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　上にも書いたように英語の例としては"X times Y"がよく挙げられますね。"multiply X by Y"を上げる人は見たことがありません（追記：これまで僕が見た掛け算の順序に関する議論の中では）。考え方としてはやはり上で紹介したページで示されているものがわかりやすくて良いと思います。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;かけ算の順番は，言語に依存する。日本語では「みかんを4個ずつ6人に」「みかんを6人に4個ずつ」のどちらでも言うことができるが，「4の6倍」と言うのはこれしか言い方がないので「4×6」と書く。日本においてはこれが正しい順番である。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://nlogn.ath.cx/archives/001450.html" target="_blank"&gt;nlog(n): いまさらだけど算数のかけ算には順番があるよ&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;英語では，「six times four」と言うので「6倍の4」の意味で「6×4」と書く&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://nlogn.ath.cx/archives/001450.html" target="_blank"&gt;nlog(n): いまさらだけど算数のかけ算には順番があるよ&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;　表現によっては「どちらの順番でも可能」とはっきり言及しているところが良いですね。日本語は比較的（特に項同士の）語順が自由&lt;span class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#f1" name="fn1" title="もちろんどの要素なら語順が入れ替えられるのかという点については多くの研究があります。"&gt;*1&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;なので、動詞文では順番が入れ替え可能になることも多いです&lt;span class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#f2" name="fn2" title="言語学、心理言語学では語順が可換な場合でもどちらかが「基本」であるとか、どちらかが認識・処理上より負担がかかる、という研究もあります。注意しなければならないのは、それらの研究はあくまでも「語順（言語要素の順番）」の話であって「ひとつあたりの数」と「いくつ分の数」の順番の話ではないという点です。"&gt;*2&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　これまで「1皿3個のりんごが5皿」のような表現を出している例も見かけましたが、これは上の例には当てはめるのが難しいですよね（「？1人4個のみかんが6人」）。これは「配る」のか「ある」のかといった状況によって、使える動詞（述語）と対応する構文が異なる場合があるためです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　そうすると、上の記事で言及されている「4の6倍」「？6倍の4」がどのような状況にも対応する表現として良い候補であるように見えます。しかし、確かに「6倍の4」という表現は奇妙に聞こえますが、たとえば「6つの4」という表現ではどうでしょうか。これもあまり使用されない表現でしょうが、僕の感覚だと「6倍の4」より結構ましに感じます&lt;span class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#f3" name="fn3" title="こういう感覚は人によって差が出ることも多いですし、僕が言語研究の専門家だから僕の感覚が重視されるべきということもありません。"&gt;*3&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;。そうするとたとえ(1)や(3)の方針に従ったとしても、日本語話者でも英語式と同じように立式してよいという可能性が出てきますね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　こう言うと屁理屈というかいちゃもんに聞こえるでしょうか。しかしここでの問題は自然言語に依存した形で掛け算に順序を認めるとして、その際に基準となる言語表現がはっきりと決められるのかということです。他にも「XかけるY」という表現の可能性もありますかね。でも「XのY倍」と「XかけるY」ですらすでに文法的な構造は違います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　この決定は英語と日本語に限っても難しそうな気がします。以前どこかのブクマコメントにも書きましたが、僕の感覚では、掛け算の式のようなシンプルな形式に豊かな/複雑な自然言語の表現をきちんと対応させるのはかなり厳しいように思えてなりません。各言語で自分の説に都合の良い表現のみをad hocに選んでいくのならともかく。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　あと(1)や(3)の主張は自然言語の表現が前提となって数式があるという感じなんですけど、数式というか立式のし方に合わせる形で自然言語の表現が統一されていった、みたいな可能性は無いんですかね。調べるの大変そうですけど…&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;ひと休み：英語の"times"について&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　この掛け算の表現に使われる英語の"times"ですが、辞書を引くと名詞の"time"のところにも該当項目がありますし、前置詞/動詞として独立したエントリーになっていたりもしてなかなかややこしいです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　そこでイギリス英語のネイティブに聞いてみたのですが、「1×1」の場合でも"one times one"と言うそうです。もしこの"time"が名詞であれば1の場合には単数形になりそうなので、前置詞の可能性が高いのかな。ただ、専門用語として"times"という形で固定化されているという可能性はありますし、実際インフォーマントからもそういう指摘がありました。動詞として使われる場合もあるのかもしれませんが、英語の文法を考えると、少なくとも"X times Y equals/makes/is ..."の環境では動詞という可能性は低そうです（面倒なので説明は略、ヒントは三人称単数と英語の関係節の特徴）。ただこれも専門用語というか専門の特殊な構文だという可能性はついてまわりますかねえ。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;他の言語についても考えてるのかな&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　ここから先の話はさらにあまり関係無い話かもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　最初の方で「全ての自然言語が英語式が好ましいか日本式が好ましいかに分けられるなんてことがあるんだろうか」と書きました。つまり、数式の上では「X×Y」か「Y×X」かという問題で、それが対応する自然言語の特徴によって一意に決まるとするならば、全ての言語とはいわなくても多くの言語が英語式か日本式に分類できることになります。数式と自然言語の対応は英語と日本語（＋限られたいくつかの言語）でのみ成り立つという主張も考えられますがその場合にはある程度の根拠を示さないといけないでしょうね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　さてここで面白い論文を見つけました。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://www.u-keiai.ac.jp/issn/menu/ronbun/no21/21-133_yanagi.pdf" target="_blank"&gt;柳原由美子(2008)「フィリピン理数科教育の教授言語における「認識」の問題」『敬愛大学国際研究』21、敬愛大学&lt;/a&gt;（リンク先はpdf注意）&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;サピア＝ウォーフの仮説にも言及されていますし、社会言語学や言語教育研究の観点から見ても興味深い報告が含まれていると思いますが、その辺りは割愛。（特に英語と第一言語による）バイリンガル教育に興味のある方は最初の方だけでも読んでみると良いと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ここで重要なのはフィリピノ語における掛け算の式の読み方が報告されていることです。数式の読み方は言語研究の論文や辞書には出てくることがあまり無いので貴重ですね。上の論文から引用します。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;dalawa(2) pinarami(×) ng(〜を) tatlo(3) ay(〜は) anim(6)&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;フィリピノ語はタガログ語を基盤とするフィリピンの公用語です。ここで"ng"には日本語の助詞「を」が当てられていますが、言語学大辞典のタガログ語の説明を見ると「行為者、目的、または道具の格を表す場合の補語標識」とありますので日本語の「を」より広い範囲をカバーするようですね。"ay"はほぼtopic markerとして良いのかな&lt;span class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#f4" name="fn4" title="言語学大辞典では叙述文での述語-項の語順を変えtopic-commentの語順を作る際に付される「転倒標識」とされています。"&gt;*4&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;。ちなみに「どう立式するのか」という話は出てきませんので、この例だけではフィリピノ語が英語式なのか日本語式なのかという判断はできません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　さて、フィリピノ語、タガログ語、またこの論文に出てくる生徒の第一言語であるというセブアノ語はいわゆるVSO言語です。名詞述語文などでも述語が先に来る構文を持ちます。掛け算の順序と自然言語の対応を考える人はこういう言語があることも頭にあるんでしょうかね。また英語はいわゆるSVO、日本語はいわゆるSOVの言語ですが、文や述語の種類によって同一グループ内でも要素の順番に差が出たりあるいは他グループ同士で似通ってきたりということも普通にあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　まあ二つの数の順番のみを考えると二通りしか無いわけですから世界に数千あると言われる言語を二つに分類しても別に問題はありませんが、こういう様々なところに現れる言語の多様性/複雑さを捨象して、語順と「ひとつあたりの数」/「いくつ分の数」の順番を強く関係付ける議論はちょっと乱暴に思えちゃいます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　もちろん心理言語学や神経科学的な手法で語順とそういう認識/思考の関係が実証されたらそれは面白いと思いますが&lt;span class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#f5" name="fn5" title="すでに研究があるのでしたら恥ずかしいところです。"&gt;*5&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;、教育の導入と共に他の言語の言い方をそのまま借り入れたという可能性なんかも考えないといけないと思いますし、問題は結構複雑です。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;おわりに、あるいは言語と認識/思考の関係&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　長々と書いてきましたが、なんでこんなことにいちいち口を挟むかというと、以前から言語（表現）と認識/思考の間にかなり単純化された形で対応を考えることって結構色んなところで見られるんだ、ということが気になっていたからです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　言語研究者も言語と認識/思考の間には何らかの関係があると考えている人がほとんどだと思いますし、多くの研究もあり現在も進められています。しかし、「どの言語表現がどの認識/思考とどのような形でどれぐらい関係しているのか」ということをきちんと考えるにはものすごく色々な要因について考慮しなければなりません。もちろん思いをはせるのは自由ですよ！ある程度言い切るのはなかなか難しいという話です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　僕の力不足でそういう研究について紹介することはあまりできていないのであまり偉そうなことは言えないのですが、こういった話題をきっかけにその難しさにも思いをはせてもらうことができたらと。&lt;/p&gt;
&lt;/div&gt;
&lt;div class="footnote"&gt;
&lt;p class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#fn1" name="f1"&gt;*1&lt;/a&gt;：もちろんどの要素なら語順が入れ替えられるのかという点については多くの研究があります。&lt;/p&gt;
&lt;p class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#fn2" name="f2"&gt;*2&lt;/a&gt;：言語学、心理言語学では語順が可換な場合でもどちらかが「基本」であるとか、どちらかが認識・処理上より負担がかかる、という研究もあります。注意しなければならないのは、それらの研究はあくまでも「語順（言語要素の順番）」の話であって「ひとつあたりの数」と「いくつ分の数」の順番の話ではないという点です。&lt;/p&gt;
&lt;p class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#fn3" name="f3"&gt;*3&lt;/a&gt;：こういう感覚は人によって差が出ることも多いですし、僕が言語研究の専門家だから僕の感覚が重視されるべきということもありません。&lt;/p&gt;
&lt;p class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#fn4" name="f4"&gt;*4&lt;/a&gt;：言語学大辞典では叙述文での述語-項の語順を変えtopic-commentの語順を作る際に付される「転倒標識」とされています。&lt;/p&gt;
&lt;p class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#fn5" name="f5"&gt;*5&lt;/a&gt;：すでに研究があるのでしたら恥ずかしいところです。&lt;/p&gt;
&lt;/div&gt;&lt;img src="http://feeds.feedburner.com/~r/dlit-sea/~4/CMT2f79vKKU" height="1" width="1"/&gt;</description>

<dc:creator>dlit</dc:creator>

<pubDate>Thu, 23 Feb 2012 04:54:44 GMT</pubDate>



<category>言葉</category>


<feedburner:origLink>http://d.hatena.ne.jp/dlit/20120223/1329972884</feedburner:origLink></item>

<item>
<title>[学問]ポスドクのうちに書いておこうシリーズ4：非常勤講師こぼれ話</title>
<link>http://feedproxy.google.com/~r/dlit-sea/~3/LZYG-OHif_s/1329549890</link>

<description>&lt;div class="section"&gt;

&lt;ol&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/dlit/20111105/1320480575" target="_blank"&gt;ポスドク？になって院生の頃にやっておけばよかったなーと思ったこと - 思索の海&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/dlit/20120106/1325843885" target="_blank"&gt;ポスドクのうちに書いておこうシリーズ2：厳しさとか人とのつながりとか - 思索の海&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/dlit/20120107/1325915951" target="_blank"&gt;ポスドクのうちに書いておこうシリーズ3：人文と自然科学と - 思索の海&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;
&lt;p&gt;　あくまで個人的体験と伝聞がほとんどですので参考程度でお願いします。分野や大学やその他色々な要因に状況によって色々なんじゃないかなと思っています。担当していた授業は分野で言うと日本語学、言語学、留学生への日本語教育です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　大学院博士課程を修了後、非常勤講師で大学の授業を担当するようになってから三年度目が終わろうとしているところです。ちなみに最初の二年度は研究員もやっていましたが、今年度はほぼ非常勤講師だけで生活していました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　あ、あと愚痴とかそういうものではなくてこの時期の体験や考えたことを簡単には忘れたくないという整理・記録の意味合いが強いです。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;教歴のカベ&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　非常勤講師を経験することによって教歴が積めるのだけれどそもそもその非常勤講師になるのに教歴が必要な場合があって最初がハードル高いというお話。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　非常勤講師にどうやってなるかというとおおよそ、1)公募、2)その授業の担当の教員から直接あるいは間接的にお誘いがかかる、3)知り合いの先生や先輩の後任として声がかかる、というようなケースが多いのではと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　2)や3)だと声がかかるわけだからうまく採用されるんではと思っちゃいますが、教歴が無いことによって結局他の人に話がいったという事例を結構な頻度で聞きます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　僕は運良くそういうことにはならずにスタートが切れたのですが、非常勤講師控え室なんかで他の講師の方と話をしていても、そうやって最初の非常勤講師職につくのに苦労している人がいるという話はちょこちょこ出てきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　というわけで、もし非常勤講師の話が来たら、院生で博士論文執筆中なんていうかなり厳しい状況でも考慮してみるのがいいのではと最近思います。僕もエラそうなことは言えなくて、博士論文を書いている時にお話をもらっていたらきっと辞退していた気がしますが…一回話が来ると次もあるかなと思ってしまうのですが、次来た時にはそれが要教歴のやつかもしれませんよ。いや、なんか脅してるみたいですみません。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;時間割などを組み合わせるのがなかなか難しい&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　最初は授業準備にすごく時間と手間がかかるのでそもそもそんなにたくさんコマ数を持つのは大変なのですが、それなりに無いと生活が厳しくなることも。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　一つの大学で多くのコマ数を担当するのであればそれほど問題は無いと思うのですが、複数の大学で授業を持つということになるとなかなかうまく噛み合わなかったりします。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　そもそもその授業の曜日・時間が固定されていることもありますし&lt;span class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#f1" name="fn1" title="これはシラバスが決定した後での応募であったり、授業の性質上（必修とか）ある程度固定されていたりと色々なケースがあるようです。"&gt;*1&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;、希望を出せる場合でも自分が希望する曜日・時間が必修など他の授業のために確保されていて調整が難しくなるなんてことも。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　僕は曜日・時間がどうしても調整できなくて泣く泣くお断りした話もいくつかありました。その辺りうまくできていたら今年度はもう少し経済的に余裕があったかなと思うのですが…物理的には配置可能でも大学間の移動距離を考えると無理、ってこともありますしね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　あとある程度募集が集中する期間というのはあるのですが、非常勤講師の話が決まる時期も時間割の希望を出す時期もまちまちなので、学生が自分の時間割を組むのとは違ってなかなか計画が立てにくいところもあります。これは二年目以降からはうまくやれる可能性が高まると思いますが、僕は初年度は結構苦労して、案の定かなり厳しいスケジュールを組んでしまいました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　これは自分にとってはなかなか盲点でした。うまく時間割が組めると組めないとでは研究やその他に割ける時間も変わってきますし。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;研究室が無い&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　研究室があるのはホントうらやましいですねー。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　ぜいたくな話だと思うのですが、非常勤講師控え室ではいまいち集中できなくて…あと部屋によっては机とコンセントが離れすぎててpcを使うのに苦労したり&lt;span class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#f2" name="fn2" title="結局延長コードを持ち歩いてました。"&gt;*2&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　かといって食堂や休憩スペースなどでは学生と顔を合わせる可能性があってあまり使えず、結局最寄り駅の近くのマックとかに行くわけですが、それも学生と鉢合わせしそうなところは避けてました。いや、僕は気にしないのですが向こうが教員がいるって知っちゃったらくつろげないかなと思って…だから知らない学生はあまり気にしてません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　あとこれは研究室の有無とはそこまで関係無いのですが、複数の大学に行くことになるとロッカーなどがあっても結局資料や本を毎回持ち帰らなければならないことが多く、カバンが重かったですねえ…僕が心配性で多めに持ち歩いちゃうってのも悪いのですけれど。茨城に住んで毎週千葉、神奈川、埼玉に遠征するっていうのがムチャな話にも思えますが、選択肢なんて無いですし、というかこれだけコマ数持たせてもらってるのがそもそも大変ありがたい話。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;研究費が無い&lt;/h4&gt;&lt;p&gt;　当たり前の話なんですが、&lt;del datetime="2012-02-18T16:24:50+09:00"&gt;顔を売りたくても&lt;/del&gt;参加したくても学会やシンポジウム開催場所が遠いと躊躇・断念したり&lt;span class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#f3" name="fn3" title="学会の懇親会で非常勤講師のお声がかかったという話も聞いたことががが。"&gt;*3&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;。さらに学会費が学生会員から一般会員になるのも意外と痛いです。学振取れなかったお前が悪いとか言わないでえぇぇ&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;おわりに&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　結局愚痴じゃねーかって気もしますが、やってみて初めて気付かされたこと、実感したことを中心に書いてみました。もちろん非常勤講師を経験して得たこともたくさんあって、それは感謝してもしきれないほどですが、それはまた別の機会に。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　最後にくどいようですがあくまで体験談ですのであまり一般化されないようお願いします。僕がうまくやれていないために大変になってるだけって点も色々あるでしょうし。&lt;/p&gt;
&lt;/div&gt;
&lt;div class="footnote"&gt;
&lt;p class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#fn1" name="f1"&gt;*1&lt;/a&gt;：これはシラバスが決定した後での応募であったり、授業の性質上（必修とか）ある程度固定されていたりと色々なケースがあるようです。&lt;/p&gt;
&lt;p class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#fn2" name="f2"&gt;*2&lt;/a&gt;：結局延長コードを持ち歩いてました。&lt;/p&gt;
&lt;p class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#fn3" name="f3"&gt;*3&lt;/a&gt;：学会の懇親会で非常勤講師のお声がかかったという話も聞いたことががが。&lt;/p&gt;
&lt;/div&gt;&lt;img src="http://feeds.feedburner.com/~r/dlit-sea/~4/LZYG-OHif_s" height="1" width="1"/&gt;</description>

<dc:creator>dlit</dc:creator>

<pubDate>Sat, 18 Feb 2012 07:24:50 GMT</pubDate>



<category>学問</category>


<feedburner:origLink>http://d.hatena.ne.jp/dlit/20120218/1329549890</feedburner:origLink></item>

<item>
<title>[言葉]「世界一ロマンチックでない「I love you」は日本語」なんだって</title>
<link>http://feedproxy.google.com/~r/dlit-sea/~3/qcHF0tY0hws/1329504770</link>

<description>&lt;div class="section"&gt;
&lt;p&gt;　たぶんネタにマジレス的な何か。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;英ロンドンに拠点を置く翻訳会社トゥデー・トランスレーションズが言語の専門家３２０人以上を対象に実施した調査で、フランス語で「愛」を意味する「amour」が、世界で最もロマンチックな単語に選ばれた。 &lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（中略）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一方、ロマンチックではない響きがする「I love you」の言い方では、ＳＦシリーズ「スタートレック」で使われるクリンゴン語だという「qaparha」などを抑え、日本語の「私はあなたを愛します」が１位となった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-13894420100215" target="_blank"&gt;世界一ロマンチックでない「I love you」は日本語＝調査 | 世界のこぼれ話 | Reuters&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;　こんな扱いを受けちゃうと金谷氏の本に共感する気持ちもわかりますねえ。直訳でもせめて「愛します」ではなく「愛しています」にできなかったものか。google翻訳でさえ「私はあなたを愛しています」と出るんですけど大丈夫なんだろうかこの翻訳会社…&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　まあこの「ロマンチックな」というテーマ設定からして実質はほぼ「好きな言語ランキング」なんだろうなと思いつつ、英語のほうの記事まで読んでしまったのでもう少しいちゃもんを付けておきます。次がロイターの英語版の方の記事。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://www.reuters.com/article/2010/02/12/us-valentines-idUSTRE61B3NO20100212" target="_blank"&gt;
      Is this the world’s most romantic word?| Reuters&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;んで当のトゥデー・トランスレーションズのサイトの記事。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;a href="http://www.todaytranslations.com/press-room/55/is-this-the-world-s-most-romantic-word" target="_blank"&gt;Is this the world’s most romantic word? - Translation Company Press Room&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;　こちらには日本語への言及はありませんね。気になっていたのは「言語の専門家」が誰なんだろうというところなんですけど、&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;The survey was conducted by London-based Today Translations which polled over 320 of its linguists.&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://www.todaytranslations.com/press-room/55/is-this-the-world-s-most-romantic-word" target="_blank"&gt;Is this the world’s most romantic word? - Translation Company Press Room&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;とあって言語学者をそんなに雇ってるなんてすごい！とか思っちゃいましたがまあこここでは「語学/言語に堪能な人」ぐらいの意味でしょうかね（追記も参照下さい）。だって&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;Japan's "watakushi-wa anata-wo ai shimasu,"&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://www.reuters.com/article/2010/02/12/us-valentines-idUSTRE61B3NO20100212" target="_blank"&gt;
      Is this the world’s most romantic word?| Reuters&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;とありますが&lt;span class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#f1" name="fn1" title="トゥデー・トランスレーションズの記事にはこの表現自体は出てこないので、ロイターによる作成、あるいは誤転記の可能性はあると思います。"&gt;*1&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;助詞の「は」は"wa"としているのに「を」は"wo"としてて日本語の論文なんかを読んだことのある人のチェックが入っていないんじゃと疑ってしまいます（通常は"o"で表記）。いや論文というか入門書とか日本語の教科書レベルでも出てくる話か…ちなみに江戸時代より前とか一部の方言だったら"wo"でも良いんですけど。実際僕は"wo"で発音する方言話者ですし。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　そもそも調査で使用した各言語の表現は音を聞かせたのか文字で見せたのか。音で聞かせたなら録音の時にネイティブかあるいはネイティブに近い発音ができるほどの話者からこの表現にクレームが入るよなと思いますし、そうすると文字？まさかどの言語もラテンアルファベットで表記して聞いたんですかね。いや表音機能が便利だというのはわかりますが…&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　まあしかし色々問題はあるにしても世界に数千あるとも言われる言語を手話まで含めて調査したっていう行動力には感心させられます。え、まさか百に満たない程度の数の言語を取り上げて「世界一」なんて言ってませんよね。&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;追記&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　もしかしたら調査側から例を提示したのではなく、回答者が例を挙げるような形式だったのかもしれません。それでしたら後半のいちゃもんは的外れですね。でもそれだと回答者が知ってる言語しか出てこないよな…&lt;/p&gt;
&lt;h4&gt;追記（2012/02/18）&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;　"linguist"の意味を「「語学/言語に堪能な人」ぐらいの意味でしょうかね」と書きましたが、翻訳会社では翻訳者のことを"linguist"と呼ぶことがあるという情報をいただきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　僕が推測したような「堪能な人」というようなあやふやなくくりではなく、翻訳や通訳といった一定の専門的技能を持った方々を指しているという可能性が高いようです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　情報感謝いたします。&lt;/p&gt;
&lt;/div&gt;
&lt;div class="footnote"&gt;
&lt;p class="footnote"&gt;&lt;a href="/dlit/#fn1" name="f1"&gt;*1&lt;/a&gt;：トゥデー・トランスレーションズの記事にはこの表現自体は出てこないので、ロイターによる作成、あるいは誤転記の可能性はあると思います。&lt;/p&gt;
&lt;/div&gt;&lt;img src="http://feeds.feedburner.com/~r/dlit-sea/~4/qcHF0tY0hws" height="1" width="1"/&gt;</description>

<dc:creator>dlit</dc:creator>

<pubDate>Fri, 17 Feb 2012 18:52:50 GMT</pubDate>



<category>言葉</category>


<feedburner:origLink>http://d.hatena.ne.jp/dlit/20120217/1329504770</feedburner:origLink></item>

</channel>
</rss>

