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	<title>さまざまなデザイン</title>
	
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	<description>ヨーロッパの目</description>
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		<title>森本恭正『西洋音楽論　クラシックに狂気を聴け』を読む</title>
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		<pubDate>Mon, 14 May 2012 22:55:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[本を読む]]></category>

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		<description><![CDATA[ウィーンであれベルリンであれ名門の歌劇場やコンサートホールの良い席は法人会員が年間を通じて買っており、観客のかなりの数は観光客－それも外国人ーであると言われます。どこかの記事で７０％は観光客と読んだ覚えがありますが正確な [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ウィーンであれベルリンであれ名門の歌劇場やコンサートホールの良い席は法人会員が年間を通じて買っており、観客のかなりの数は観光客－それも外国人ーであると言われます。どこかの記事で７０％は観光客と読んだ覚えがありますが正確な記憶ではありません。ヨーロッパの「過去の文化遺産」を楽しんでいる光景であることは確かです。が、本当に楽しんでいるのでしょうか？</p>
<p>本書の著者がウィーンのオーケストラとインドで演奏したときのこと。教養あるインテリ層がメインの聴衆の多くがモーツァルトにベートヴェンに困惑していたと言います。「モーツァルトはお好きですか？」と聞くと、次のような答えが返ってきました。</p>
<blockquote><p><span style="color: #000080;">「わからないのです。違いが。モーツァルトがどれで、ベートヴェンがどれだか。率直に言って、どの作品もみな同じように平板に聴こえてしまったのですが。で、何と言っていいか・・・すみません。あなた達を批判するつもりは全くないのです。でも正直なところ、私たちのインドの音楽を聴いた時に感じる自由に動く即興性や躍動感とでもいうものが感じられずに・・・。うまく言えませんが、とにかく、これが西洋音楽というものか！という印象しかないのです」</span></p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/img_120377_9657569_0.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5327" title="img_12" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/img_120377_9657569_0-300x195.jpg" alt="" width="300" height="195" /></a></p>
<p>１０年ちょっと前のエピソードです。明治初期の日本人の西洋音楽への反応と同じです。でも違いがあります。明治初期はブルックナーやマーラーが生きていた時代ですが、２０世紀後半以降、一部の「現代音楽」を除きクラシック音楽は「過去の遺産」となっています。過去の文化遺産にエキサイトすることがないわけではなく、ギリシャ悲劇や源氏物語に人は興奮するし、能に心躍らすこともあるでしょう。だが、１９６０年代にビートルズに頭をぶち抜かれたように、１８００年代にベートーヴェンに身体を揺さぶれたように、２１世紀の今、クラシック音楽を聴いている人は少ない。それはなぜか？が、本書では問われています。あるバイオリニストの言葉です。</p>
<blockquote><p><span style="color: #000080;">現に私のコンサートのお客だって７５％以上が老人です。本来ベートヴェンもブラームスも、いやモーツァルトだってそもそも老人向きの音楽ではなかったのではないでしょうか。モーツァルトのヴァイオリンコンチェルトは、第一番は彼が１７歳、あとの４曲は全て彼が１９歳の時の作品です。現代の１９歳の天才音楽家が作った作品に、多くの老人たちが共感するでしょうか？</span></p></blockquote>
<p>モーツァルトの曲が単調で退屈であると現代人が思うのであれば、その後にできた多くの音楽に「毒された」こともあるかもしれませんが、モーツァルトの曲にもともとあった「毒」を抜いて演奏されているからではないかとも考えられます。ここにカッコつき文化の皮肉があり、毒が抜かれて洗練されていくことによって、文化は残ります。不良の聴く音楽だったビートルズの曲が小学校の音楽の教科書にのり、学芸会で子供たちが演奏する姿を両親がニコニコして眺める・・・こういう光景を１９６０年代の不良は「牙が抜かれたビートルズ」と思うでしょう。エキサイトする頭の部分、ある作品を受け止めるパーツが違ってくるようになりーより知性寄りになる、と表現すべきでしょうかー歴史はつくられてきます。だから、スカラ座で「過去の文化遺産」を楽しむ日々が展開されることになります。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/LudwigvanBeethoven1818.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5326" title="Lud" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/LudwigvanBeethoven1818-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>しかし、その過去は適当な年数である必要があり、４００年も５００年も昔の音楽を観光であってさえ聴くのは億劫になります。著者もアムステルダムで音楽学を勉強する修士や博士の学生たちが、１６世紀のアムステルダムの知識人であれば必ず知っていた曲を一人を除いて知らなかった事実から問題を提起します。「ベートーヴェンをほとんどの人が知らない時代が必ずくる。君たちは、そのための準備ができているのか？」と。</p>
<p>観光が実体験による文化接触であると重要視されれば、文化はより分かりやすくサマライズされていきます。今、冒頭に述べたように、ベートーヴェンは観光の対象になってきています。そして、それとともにさらに「ロマン派の狂気」から離れていきます。「ドはドーナツのド、レーはレモンのレ」と日本では「ドレミの歌」を歌いますが、レはイタリア語のREであり、レモンは英語のLEMON です。REもLEと同じと受容する土壌があるからこそ、日本で西洋音楽が長持ちしているのかもしれない・・・と考えることは、ベートーヴェンが「かつての有名人」となる時代のヒントになるでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>ファッションデザイナー・村田晴信さんに聞く（２）</title>
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		<pubDate>Sun, 13 May 2012 15:35:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[イノベーティブ思考]]></category>
		<category><![CDATA[ミラノサローネ2012]]></category>
		<category><![CDATA[ローカリゼーションマップ]]></category>

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		<description><![CDATA[「ファッションデザイナー・村田晴信さんに聞く（１）」の続きです。 サンケイBIZの連載でも村田さんの紹介をし、ミニマリズムが「弱い」とみられると欧州の市場でビジネスとして成功しづらく、力強く見られる必要があると書きました [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「<a href="http://milano.metrocs.jp/archives/5252">ファッションデザイナー・村田晴信さんに聞く（１）</a>」の続きです。</p>
<p>サンケイBIZの<a href="http://www.sankeibiz.jp/macro/news/120513/mcb1205131201001-n1.htm">連載</a>でも村田さんの紹介をし、ミニマリズムが「弱い」とみられると欧州の市場でビジネスとして成功しづらく、力強く見られる必要があると書きました。今回のテーマは、吉岡徳仁の作品やその他のアートや音楽にインスピレーションを得た村田さんが、「自然の偶然性に寄り添う」コンセプトをどのようにコレクションとして表現を昇華させていったかです。彼の説明を聞きましょう。</p>
<p>「静謐の言葉がもつ空気をどのように表現するかに焦点を当てました。それまでに経験してきた静謐を感じる要素を噛み砕き、そこからいくつかのグループにわけマインドマップを作成。そして、洋服としてコレクションに落とし込みました。静謐を具体的なイメージでいえば、水のなかに潜った時のピーンとした感覚、霧のなかの様なもやっとした半透明な冷たい柔らかさ、ガラスのエッジの様な鋭さ&#8230;といった具合です」</p>
<div>「次に、例えば形ならどうだろうと考えます。ごちゃごちゃと要素の多いものではなさそうだ。むしろなにもないミニマルなフォルムに静けさを感じる。どうやったら一番そのミニマルさに近づけるだろう？縫い目なくせばいい。だが、それはどうやったら実現できるだろう&#8230;.このようにして行き着くところを探します。こうして生まれたのが、縫い目をなくし、布の折り目だけで形作られたシリーズです」</div>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/MG_0038.jpeg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5299" title="_MG_0038" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/MG_0038-199x300.jpg" alt="" width="199" height="300" /></a></p>
<p>経験を言葉に置き換えて整理し、それをもう一度、より幅のある経験の世界に放ちイメージを広げています。それからカタチへの収束を図ります。すなわち、概念と視覚イメージを何度か往復していることになります。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/MG_0048.jpeg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5301" title="_MG_0048" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/MG_0048-199x300.jpg" alt="" width="199" height="300" /></a></p>
<p>カタチへの収束はシャツだけでなく、ジャケットにも向かいます。素材、色で異なった収束を試みるわけです。その結果、塊がいくつも出来上がっていきます。村田さんは、「マインドマップは、この段階でも使いました」と言います。次に、冒頭で触れたミニマリズムでありながら、力強く見せるとはどういうことか？を説明します。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/HarunobuMurata-0011.jpeg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5302" title="HarunobuMurata-0011" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/HarunobuMurata-0011-200x300.jpg" alt="" width="200" height="300" /></a></p>
<p>村田さんは「単にデコレーションのないシンプルな服を作るのではなく、その背後にある意図を感じさせる事で厚みを持たせる。それが”強さ”に繋がるひとつの要素だと思います」と強調します。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/HarunobuMurata-0015.jpeg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5303" title="HarunobuMurata-0015" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/HarunobuMurata-0015-200x300.jpg" alt="" width="200" height="300" /></a></p>
<p>言ってみれば、コンセプトの論理構造がいかにしっかりできているか？ということになります。複雑な曲線でも大胆な色使いでもなく、シンプルそうに見える一連の表現にあるロジックの一貫性と柔軟性が、強く見えるのです。セントマーティンズ大学のようなコンセプトメイキングの教育を受けなかった村田さんが、今回のコレクションで「力強い」とイタリア人に評価されたのは、違った麓から登山道を歩き同じ結果を得たとも考えられます。彼が重んじる日本の美学は他の点でも表現されています。下の写真です。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/HarunobuMurata-0063.jpeg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5304" title="HarunobuMurata-0063" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/HarunobuMurata-0063-200x300.jpg" alt="" width="200" height="300" /></a></p>
<p>「もしイタリア人がこのドレスを着る、もしくはスタイリングする場合は１０中８、９、首元にアクセサリーをつけます。間を埋めようとするのです。が、僕はここではあえてアクセサリーは付けませんでした。間を間として残す考え方です。ヨーロッパの人と違う点でしょうね」と村田さん。しかし、モデルの腰周りには前回紹介したミョウバンの結晶に似た華やかな表現が見てとれます。これがセクシーさとは？という感覚や考え方に対する文化の違いに通じます。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/HarunobuMurata-0031.jpeg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5305" title="HarunobuMurata-0031" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/HarunobuMurata-0031-200x300.jpg" alt="" width="200" height="300" /></a></p>
<p>同じく、上の写真もそうです。「フランス人のデザイナーであっても、こういうスタイリングはやらないかもしれません。写真ではなかなかわかりませんが、この中のドレスの生地が水が流れ様で、それを自然に引き立てる為にノーアクセサリーです」というように、あえて飾らない意思を表明しています。これをトータルに表現したいと、村田さんは音楽を含めショーの構成をプランしたことが、<a href="http://www.donnamoderna.com/sfilate/donna-pret-a-porter/autunno-inverno-2012-2013/milano/harunobu-murata/%28m%29/video#sfilata">動画</a>（１分２０秒から）で発表風景を見ると分かります。</p>
<p>ヨーロッパの市場をとらえるには、ブランドとは記憶の痕跡の集積であると認識をすべきで、コンセプトとは建築構造的である必要があると何度もここで書いています。日本文化は説明的でないと投げ出すのではなく、日本文化の説明的ではない趣旨を可視化するためのストラクチャーを作っていかないといけません。余白の美はバウハウスにもあるなら、それの差異を説明することで一歩前に出ることができます。</p>
<p>村田さんは、これからのデザイナーですが、とても思索型であることが分かります。吉岡徳仁の作品をみて、高校時代の化学の先生に相談したエピソードなど印象深いです。たまたま先生と近しかったのかもしれませんが、直観的に見える表現にきわめてロジカルな裏付けをとっている点にポテンシャリティを感じます。直観とロジックの両方を行き来しながら、最終的なアウトップットを真ん中で提示して勝負することです。</p>
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		<item>
		<title>伊豫谷士翁『グローバリゼーションとは何か　液状化する世界を読み解く』を読む</title>
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		<pubDate>Sat, 12 May 2012 14:28:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[ローカリゼーションマップ]]></category>
		<category><![CDATA[本を読む]]></category>

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		<description><![CDATA[昨今、特に、ものごとは全体像を掴まないとだめだと言われるのは、専門分化が進み過ぎた弊害だけでなく、現象の背後にある文脈の絡み合いが尋常ならざるほどであるからです。「エコノミストだけに任すには経済は重要すぎ」「デザイナーだ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>昨今、特に、ものごとは全体像を掴まないとだめだと言われるのは、専門分化が進み過ぎた弊害だけでなく、現象の背後にある文脈の絡み合いが尋常ならざるほどであるからです。「エコノミストだけに任すには経済は重要すぎ」「デザイナーだけに任すにデザインは大切すぎ」なのは、そういうわけです。しかも、世界の富の７割程度は三桁の数のグローバル企業が叩きだしているのですから、決定権をもつポジションにある人間の全体把握力の重要性はいやが上でも増さざるをえないのです。</p>
<p>また、そういうポジションにいなくても、そういうポジションの能力に全幅の信頼を寄せれるわけなんかないから、書店に出かけると、見えぬ目にせっつかれるのです。「君、全体のこと、わかってる？」と。勉強しなくちゃあどうしようもないというプレッシャーに晒され、その自分に疲れると、ふっと新聞からもフェイスブックからも遠のいてみたいとの欲望に駆られます。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/A-anziani.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5291" title="A-anziani" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/A-anziani-300x150.jpg" alt="" width="300" height="150" /></a></p>
<p>しかし、グローバリゼーションとはシティやマンハッタンのビジネスの専有物ではなく、その言葉のとおり、地球上の誰もが逃れることができない現象です。人の助けをないと生活していけない老人の横に移民の女性が付き添う。これを可能にしているのも、この現象のワンシーンなのです。</p>
<blockquote><p><span style="color: #000080;">明らかに、人はどこで生まれたかによって、価値が決められてきたのです。国境を越える人の移動はそれに対する抵抗でもありました。しかしいまだに、国境は人の価値を決定し続けています。</span></p></blockquote>
<p>エクアドルの女性がイタリア人の老人の面倒をみることがあっても、その逆はほとんどない。人そののものに上下はなくても、パスポートの経済的価値の差異は歴然とあるのです。それは反グローバリゼーションとしてのナショナリズムの勝敗の結果ではなく、国という制度がグローバリゼーションをオーソライズしてきたことによって進行している「生活の風景」です。そして、エクアドル人の女性はイタリア人の老人よりも最新のLGのスマートフォンをもち、老人の世話の合間を縫って同国人とスペイン語で憂さを晴らします。</p>
<blockquote><p><span style="color: #000080;">（ハリウッドに代表される）グローバルな文化商品は、単純にアメリカナイゼーションの浸透あるいはアメリカによる文化支配としてのみとらえうるものではありません。むしろ、文化が国民文化として一元的に産出されてきた近代と異なり、グローバル商品は、国籍を持たない文化として輸出され、世界的な共通経験を創りだしてきたのです。</span></p></blockquote>
<p>ここで指摘されることは、いわゆる「文化問題」だけでなく、もう一つの側面とからみます。移民による労働市場のフレキシビリティが資本のフレキシビリティをもたらし、モノが記号を生むのではなく記号がモノを生み、商品は使用価値よりも生活での意味を承認する位置に反転してきました。これが現在の「今、モノじゃないんだよ。それでどう共感をうるかなんだ！」という叫びなのです。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/associazionismo-300x248.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-5292" title="as" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/associazionismo-300x248.jpg" alt="" width="300" height="248" /></a></p>
<p>先進国ではモノは飽きられ生活の質が重んじられ、一方の途上国ではモノが欲しいとされる。そのギャップを経済的な豊かさのワンウェイの現象としてみていると見誤る可能性があります。そのバックに経済と文化が同期化して動くグローバリゼーションのダイナミズムをみてとったとき、「モノじゃないんだよ」という言葉の裏にある意味にゾッとするはずです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<item>
		<title>ファッションデザイナー・村田晴信さんに聞く（１）</title>
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		<pubDate>Fri, 11 May 2012 07:11:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[イノベーティブ思考]]></category>
		<category><![CDATA[ミラノサローネ2012]]></category>
		<category><![CDATA[ローカリゼーションマップ]]></category>

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		<description><![CDATA[「セント・マーティンズやアントワープの卒業生は誰が着れるの？というアーティスティックな服をデザインする人が多いですが、ミラノのマランゴーニはもっとマーケット寄りです。各メーカーの戦略を読み取ることも重視されます。学生も服 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「セント・マーティンズやアントワープの卒業生は誰が着れるの？というアーティスティックな服をデザインする人が多いですが、ミラノのマランゴーニはもっとマーケット寄りです。各メーカーの戦略を読み取ることも重視されます。学生も服を自分で縫える人が多いですね」と村田晴信さんは話します。彼は東京のエスモードで３年間ファッションデザインを学び、神戸コレクションで特選。その結果、イタリア留学の切符を手にしてミラノにあるファッションデザインの学校、マランゴーニのマスターに１年通いました。この３月、２０１２年秋冬ミラノコレクションでデビューし、若手登竜門のイタリアファッション協会の「ネクストジェネレーション」で入賞した２３歳の青年です。下は彼の作品です。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/HarunobuMurata-0067.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5268" title="Harunobu Murata" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/HarunobuMurata-0067-199x300.jpg" alt="" width="199" height="300" /></a></p>
<p>セント・マーティンズではコンセプト創造のプロセスが非常に重視されることを「<a href="http://milano.metrocs.jp/archives/5174">セント・マーティンズ大学について語ろう</a>」で紹介しましたが、村田さんがマランゴーニで要求されたのは、どこのメーカーがどういうラインを出しているか？出すか？に関する分析です。「マスターだからですか？その下の学年では？」と聞くと、「どうも、そうじゃないですねえ。」との返事が返ってきます。縫う方もマランゴーニの学生はそれなりにできるけど、エスモードほどでなく、セント・マーティンズよりは自分でやる人が多い、という印象だそうです。</p>
<p>「じゃあ、村田さんのコンセプトはどういう過程で生まれ、それをどういうカタチでとどめておきますか？」との質問には、「ぼくのコンセプトブックはエスモード時代に創ったもので、一冊です。いくつかのカテゴリーに分けることはせず、その後の発想をどんどん入れ込んでいきます。それもスケッチブックではなく、デジタル上にあります」とのコメント。セント・マーティンズで学んだイラストレーターは、コンセプトをいくつかに分類し、リアルなものはそのままリアルに保存していました。ずいぶんと方法が違います。それでは、村田さんのコンセプト作りの一端を紹介しましょう。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/007-second_nature_05.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5269" title="007-second_nature_05" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/007-second_nature_05-300x203.jpg" alt="" width="300" height="203" /></a></p>
<p>上は２００８年に開催された吉岡徳仁の展覧会「second nature展」で村田さんがみた椅子です。「静謐な空間インスタレーションや結晶が自然に成長する過程をそのままデザインとして落とし込んだ結晶のイス。自然の偶然性を利用したデザインに惹かれ、何故それに惹かれるのか考えました」と語ります。</p>
<p>「その頃に読んでいた本ー深澤直人の本だったと思いますがーに、ある日本庭園師が招待した客人に『あの石の据え方が非常によろしい』と言われるや、庭師はすぐにその石を庭園から排除した、というエピソードが紹介されていました。人の知覚を超えたさりげない美意識、より自然の光景を作り出す事こそ美、という考え方に基づいています。ヨーロッパ、例えばベルサイユ宮殿の左右対称の庭と比較したとき、ずいぶんと違うなあと思います。この考え方が日本人としてのぼくの根底にある文化や美意識であり、そのため、吉岡徳仁の自然の偶発性に寄り添うデザインに惹かれたのだと思い至りました」</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/kobe-tokujin-jikken8.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-5270" title="kobe tokujin jikken8" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/kobe-tokujin-jikken8.jpg" alt="" width="254" height="191" /></a></p>
<div>
<p>彼の話が続きます。「自然の静けさと同時に内包する力強さ、日本人としての文化と美意識というものを意識するようになったのはそのあたりからです。偶然性の服への応用を考えはじめ、そこで一つの実験をしました。水槽にミョウバンの飽和水溶液をつくり、それをスカートの上で成長させてみたのが下の写真です」　吉岡徳仁の作品が何でできているか分からなかったので、高校時代の化学の先生に意見を聞いてみたら、「たぶん、ミョウバンを使っているのではないか？」との意見だったのでミョウバンを試みたと言います。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/DSC01984.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5271" title="DSC01984" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/DSC01984-213x300.jpg" alt="" width="213" height="300" /></a></p>
</div>
<p>その次に彼が行ったのは、これにガラスを粉砕して角をとったものを加えることでした。下のスカートです。偶発的に成長した結晶のモチーフを上と同じ型の別のスカートの上で再現させ、ファッションアイテムとして昇華させるとの試みです。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/DSC02356a.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5272" title="DSC02356a" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/DSC02356a-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" /></a></p>
<p>このように他の分野の作品に刺激をうけた自分を振り返りながら、自分のフィールドへの適用を試みていくことは、どの分野であっても必要なプロセスです。ただ、それをやりやすいかどうか、という違いはあります。プロトを作るのに時間やコストがかかる分野であると、どうしても「彼らは楽に試作ができていいよなあ」というやっかみでーやや自負もこめてー終わりがちです。そこに実は、エッセンスの喪失と適用範囲の設定のミスがあります。要するに、刺激を受けた対象を十分にかみ砕けていない。しかも、自分の分野についても因数分解ができていない・・・という事実があるでしょう。</p>
<p>この村田さんの試みをみると、ファッションがファッションである理由が見えてくるでしょう。どこまで読み込めるか？が大切なのです。次は、彼がミラノコレクションで発表した作品に話題を移します。</p>
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		<title>一瞬にして世界のメカニズムを知る</title>
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		<pubDate>Wed, 09 May 2012 22:22:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[イノベーティブ思考]]></category>
		<category><![CDATA[ミラノサローネ2012]]></category>
		<category><![CDATA[ローカリゼーションマップ]]></category>

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		<description><![CDATA[ミラノの運河沿いにある L’HUB の店内を眺め、数分とせず、「あっ、世界のすべてが、ここで分かるんだ！」と思いました。ここは一言でいえば、FabLabテキスタイル版です。生地の染色、プリント、縫製までを一貫して行える工 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ミラノの運河沿いにある L’HUB の店内を眺め、数分とせず、「あっ、世界のすべてが、ここで分かるんだ！」と思いました。ここは一言でいえば、FabLabテキスタイル版です。生地の染色、プリント、縫製までを一貫して行える工房です。ちょっと縫製の心得のある人は型紙－もちろん自分のサイズーと生地だけここで買って、自宅でスカートを仕上げることも可能です。その心得がなければ、レッスン料を払い教えを乞うことができます。下のようなワークショップ風景をみれば、どこにでもある自分だけの服を楽しみたい主婦の手芸教室だと思うでしょう。それは間違いではありません。子供向けのコースもあると聞けば、「なるほど、子供にモノを作る面白さを教えるわけね」と納得しやすいです。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/014cfe2668299a72d0f3addb9bbd26f3.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5256" title="写真(3)" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/014cfe2668299a72d0f3addb9bbd26f3-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>が、一歩奥に入り、古びたプリントの型が棚に重ねてあるのをみると「只者ではない！」とピンときます。これは<a href="http://www.zucchicollection.org/pages/index.php">ズッキコレクション</a>の一部で、１８世紀から２０世紀初頭に至るまで欧州各地で使われた５万個以上の手製プリントの型なのです。大量生産時代に入る前の型が実際に使える状態になっていて、自然染色の材料もそろっていますから、思いのままに生地で「遊ぶ」ことができます。しかも、そこかしこにある台から小物のモノ掛けに至るまで、すべてテキスタイルやファッション関連の生産施設で使用されたものという徹底ぶりです。そして、ここの主宰者がイタリアの大手テキスタイルメーカー・ズッキのオーナーファミリーの人間で、ビジネススクールのプレジデントであり、イノベーションが専門であると知ると、この工房の「野心」が想像できるようになります。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/8169add18e93b0f7c94cd8e7fbe321c5.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5257" title="写真(2)" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/8169add18e93b0f7c94cd8e7fbe321c5-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>生地ストックには困りません。大量生産メーカーでは使いきれなくなった捨てる寸前の端切れ扱いの生地であっても、１００着分くらいは余裕です。これを一人一人がユニークな服を作ることに使えば１００人が喜べるわけです。２００年前のプリントのデザインを実際に活用することで、２００年前の繊維産業に従事する気持ちを推し量ることができるかもしれません。また、それによって１９５０年代の由緒あるホテルで使われていたテーブルクロスは蘇ります。色を工業製品に頼ることなく植物から得ようとすると、インドやエクアドルの人を頼ることになります。彼らの収入になり感謝されるかもしれません。が、その独特の色をそれなりの商業ベースにのせようとするとキャパが追い付かず一挙に破綻します。とするならば、そういう技術をもった世界各地の人たちがネットワークをもてばどうなるだろうか？という方向に頭がいきます。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/66e091bc2d19932de79e174ad215915d.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5258" title="写真(1)" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/66e091bc2d19932de79e174ad215915d-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>冒頭で「世界のすべて」と表現したのは大げさですが、この工房にいると、２００-３００年の時の流れ、世界を巡るビジネスの勢い、その勢いのなかで右往左往せざるを得ない人々の事情と気持ちが手に取るように、いや、まさしく物理的に手に取って分かってくるのです。それはなにも低迷しがちなテキスタイルやファッション産業の再生のためだけでなく、これらの産業にいない人たちも、自ら手にしている生地を眺めながら、大きくは自分のフィールドの変革やクリエイティビティへのヒントをえやすい条件がここにあります。田舎でろくろをまわして陶器を作るのもいいですが、これほどには小さな創造性から大きな創造性へのマップが描きずらいのが普通ではないかと思います。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/373697687e8e7f29a5ccb937d90d8363.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5259" title="写真(4)" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/373697687e8e7f29a5ccb937d90d8363-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>ボタンやジッパーだけでなく、服を作るに必要なこんな小さな道具の数々まで売っています。そして左には、受け取った名刺が突き刺さっています。これらをかけてあるのも繊維を作るに使用されるものです。これをみれば「サステナビリティ」や狭義から広義に至る「デザイン」という言葉の意味を実感するに違いありません。</p>
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		<title>セント・マーティンズ大学について語ろう（４）</title>
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		<pubDate>Sun, 06 May 2012 14:11:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[イノベーティブ思考]]></category>
		<category><![CDATA[ミラノサローネ2012]]></category>
		<category><![CDATA[ローカリゼーションマップ]]></category>

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		<description><![CDATA[セント・マーティンズでは「リサーチ」「スケッチブック」の重要性が強調されると書きましたが、卒業生の学生時代のスケッチブックを実際に覗かせてもらいました。「ファッション科の卒業制作でも最終作品とともに、必ずスケッチブックー [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>セント・マーティンズでは「リサーチ」「スケッチブック」の重要性が強調されると<a href="http://milano.metrocs.jp/archives/5180">書きました</a>が、卒業生の学生時代のスケッチブックを実際に覗かせてもらいました。「ファッション科の卒業制作でも最終作品とともに、必ずスケッチブックークリエイティブプロセスがわかるものーを展示するのですが、展示会中にスケッチブックが盗まれることなんてザラで、昔はチェーンやロックをつけていたぐらいです。それでも、盗まれる、ということもありました」とファッションイラストレーターは語ります。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/mi.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5219" title="mi" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/mi-219x300.jpg" alt="" width="219" height="300" /></a></p>
<p>まず教授は次のようなステップを全体像として学生に示します。</p>
<p>１　ソーシング :　服の素材ということではなく発想のもとになる材料、写真、絵、モノ etc.<br />
２　リサーチ:　ソースから発想して自分なりの解釈、手を加えたもの、コラージュ、ペインティング、ドローイング etc.<br />
３　ディベロップメント：リサーチを発展させる作業。この段階から形について考え始める。生地の質感などもこの段階から。<br />
４　エンドリザルト：　実現可能なものに落とし込む作業。編集段階。</p>
<p>卒業生の彼女は、「セントマーティンズでは２のリサーチ段階に最も時間をかけます。２なくして、３が発展する筈がないと考えます。よって、作品の審査でも２の集大成であるスケッチブックが重視されます。あまりアイディアの無い学生というのは、最初に成果物を作って、それから後づけでスケッチブックの中身を作ったりします。こじつけですね」と説明。このようなタイプの学生がいまだにいるのは、「ファッション＝洋服を縫う事と考える人がいまだに多いからだと思います。勿論、最終的な成果物は服には違いないですが、はじめから、『では、スカートを作りましょう』と言って白い紙を前に適当に描くことがファッションデザインではありません」と話し、実際、卒業制作にあたりプロのパタンナーやシームストレス（縫子）を雇う学生も多数いるようです。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/inspiration_a.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5220" title="inspiration_a" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/inspiration_a-214x300.jpg" alt="" width="214" height="300" /></a></p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/inspiration_a.jpg"> </a><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/inspiration_a.jpg"></a><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/inspiration_b.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5221" title="inspiration_b" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/inspiration_b-199x300.jpg" alt="" width="199" height="300" /><br />
</a></p>
<p>上の写真は、彼女が蚤の市でみつけた昔の写真です。この写真が発想のスタート地点になり、「ニューヨーク。まだ街が動き出す前。小雨がやんで、もうすぐ太陽が顔をだそうとしている。ウィンドーの前を通り過ぎる女性。クラシック、ジオメトリック、ビルの窓のグリッドに赤いポピーが反射する・・・」という映像が彼女のなかに浮かんできます。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_01.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5226" title="research_01" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_01-300x204.jpg" alt="" width="300" height="204" /></a></p>
<p>この映像から上のようなスケッチを彼女は描きます。大都会の風景にメカニズムのイメージが組み込まれていきます。これが「リサーチ」の開始です。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_02.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5227" title="research_02" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_02-300x213.jpg" alt="" width="300" height="213" /></a></p>
<div>リサーチ２になると、ビルがエッフェル塔に置き換わり赤いラッピングがかけられたりなど、複数のイメージが発展していきます。</div>
<div>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_03.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5228" title="research_03" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_03-300x212.jpg" alt="" width="300" height="212" /></a></p>
</div>
<div>これがリサーチ３になります。この段階になると、コンセプトの要素がかなり明確になってきます。</div>
<div>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_04.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5229" title="research_04" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_04-300x213.jpg" alt="" width="300" height="213" /></a></p>
</div>
<div>
<p>ステップ４では、３の要素の融合や色の検討がされていきます。</p>
</div>
<div>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_05.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5230" title="research_05" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_05-300x218.jpg" alt="" width="300" height="218" /></a></p>
</div>
<div>
<p>このあたりにくると、ファッションとしてのコンセプトがみえてきます（とぼくには思えます）。</p>
</div>
<div>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_06.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5232" title="research_06" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/research_06-300x207.jpg" alt="" width="300" height="207" /></a></p>
</div>
<div>
<p>リサーチ６で、「ははあ。なるほど！」と膝を打ってもよさそうです。ファッションデザイナーが、どういうトレーニングを自ら課しているのかが、これらのプロセスでお分かりいただけたと思います。言葉の論理と言葉にならないイメージのジャンプの両方が、コンセプトを作り上げます。そして、彼女が言う、他人のデザインをみて「誰の何の影響を受けたかを想像できる」という根拠が理解できるでしょう。ここにこそ、デザイナー同士の競い合いがあり、ゆえにスケッチブックが盗難を受ける理由があります。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/mii.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5244" title="mii" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/mii-300x211.jpg" alt="" width="300" height="211" /></a></p>
<p>「セント・マーティンズ大学について語ろう」のエントリーはいったん今回で終わりますが、別のアングルから、このファッションイラストレーターのインタビューを続けたいと考えています。なお、このシリーズで掲載したイラストはすべて、彼女の作品です。</p>
</div>
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		<item>
		<title>セント・マーティンズ大学について語ろう（３）</title>
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		<pubDate>Sun, 06 May 2012 12:32:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[イノベーティブ思考]]></category>
		<category><![CDATA[ミラノサローネ2012]]></category>
		<category><![CDATA[ローカリゼーションマップ]]></category>

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		<description><![CDATA[「セント・マーティンズ大学について語ろう（２）」からの続きです。この回では、何をイノベーションとみるか？ということを考えてみましょう。ファッションイラストレーターの師事した先生は、時代ごとのファッションのパターンを教えま [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「<a href="http://milano.metrocs.jp/archives/5180">セント・マーティンズ大学について語ろう（２）</a>」からの続きです。この回では、何をイノベーションとみるか？ということを考えてみましょう。ファッションイラストレーターの師事した先生は、時代ごとのファッションのパターンを教えます。そのシルエットパターンは丸、四角、弓状などに分類され、たとえばJAZZ AGE と呼ばれた１９２０年代、四角が主流でした。映画『グレイト・ギャツビー』に出てくる登場人物たちをイメージすれば「ああ」と納得するでしょう。すべて下にすっと流れ落ちるようなスタイルで、アクセサリーも長く垂れます。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/1920s-Fashion-Trends-for-Women.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5207" title="1920s-Fashion-Trends-for-Women" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/1920s-Fashion-Trends-for-Women-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>横に広がるのではなく、縦の動きです。スカートの裾のところでやや広がるのも特徴ですが（上の右端）、およそ縦を基本とします。それが１９５０年代のファッションでは、腰を細く絞りスカートが半円状になります。そう、丸の時代です。そして、モデルの立ち方はＸ字のように組み、手もダンサーのように横に伸びます。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/fifties_style.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5208" title="fif" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/fifties_style-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" /></a></p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/1950s-Fashion-02.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5209" title="1950s-" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/1950s-Fashion-02-300x267.jpg" alt="" width="300" height="267" /></a></p>
<p>しかし、１９６０年代になると丸から四角に変換します。モデルも手を腰にあてたり脚の片方を曲げたりすることが多くなります。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/60.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-5211" title="60'" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/60.jpg" alt="" width="159" height="240" /></a></p>
<p>こうしたシルエットの特徴の変遷を単純化したスケッチに落とし込む。パターンを身につけるのです。卒業生のファッションイラストレーターは「ファッションを勉強すれば、何年代はどういうデザイナーが活躍して、その代表作を諳んじ描くこともできます。しかし、それをシンプルなカタチで体系だって説明できるように教育された人は少ないのでは？」と語ります。</p>
<p>ヨーロッパ近代とは、ものごとに境界線をひいて分類をすることにはじまったとぼくは理解しています。そこで肝心なことは、分類わけしてそこに当て嵌めて満足するのではなく、どうしても嵌らないことをどう問題として見えるカタチで目の前にそのまま提示しておくか、いわば付箋を張り付けておくことではないかと思います。</p>
<p>パターンを学ぶとは、本当の解決すべき問題点や革新的な方向を見極めることです。ですから、セント・マーティンズの教育に沿っていえば、それぞれの時代のパターンに入りきれなかったデザインにイノベーティブの芽をみることです。その芽がどう転換を創っていったかを学べば、学生は今、何に流されないようにすべきか、何処に自分のアンカーを下すと良いのかが分かってきます。エッジを効かすポイントが見えるのです。</p>
<p>２０１０年にパリのグラン・パレで開催されたモネ回顧展の<a href="http://milano.metrocs.jp/archives/3738">感想を書いた</a>ことがあります。</p>
<blockquote><p><span style="color: #000080;">「既にどこかの美術館や本でみた作品だから・・・」と思うと間違えます。既にみたことのある作品に近い、しかし微妙に異なる作品が複数ならんだ時、「あっ！モネが狙っていたのは、これだったのか！」と動的に把握できます。<strong>ある作品を凝視して自分の想像力で、その作品がより大きい存在になる・・・しかし、それは他の有名な作品とは面で繋がらない。そこにちょうどはまる面を構成するさほど有名ではない作品が挟まると、とてもダイナミックな世界が展開する</strong>。こういう経験の連続を、この回顧展で得ることができました。</span></p></blockquote>
<p>ファッションイラストレーターはセント・マーティンズで、この回顧展のキュレーターの「企み」のしかたを学んだのではないか？と想像しました。次は、彼女のスケッチブックを紹介しましょう。</p>
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		<item>
		<title>セント・マーティンズ大学について語ろう（２）</title>
		<link>http://feedproxy.google.com/~r/metrocs_milano/~3/J5_28MEqo9E/5180</link>
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		<pubDate>Sat, 05 May 2012 14:00:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[イノベーティブ思考]]></category>
		<category><![CDATA[ミラノサローネ2012]]></category>
		<category><![CDATA[ローカリゼーションマップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://milano.metrocs.jp/?p=5180</guid>
		<description><![CDATA[&#160; 「セント・マーティンズ大学について語ろう（１）」の続きです。大学はどんなところなんでしょう。ファッションイラストレーターの会話を続けます。 「決まったカリキュラムがあるわけじゃなく、また、先生が『この指とま [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/ima.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5195" title="ima" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/ima-300x175.jpg" alt="" width="300" height="175" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「<a href="http://milano.metrocs.jp/archives/5174">セント・マーティンズ大学について語ろう（１）</a>」の続きです。大学はどんなところなんでしょう。ファッションイラストレーターの会話を続けます。</p>
<p>「決まったカリキュラムがあるわけじゃなく、また、先生が『この指とまれ！』と声をかけるまでもなく、学生が独自に先生にアポをとって『面倒見てくれ』と頼んで受けいられるかどうかなんです。そして期末にアウトプットを出せばいいんです。とっても自由です。でも、アメリカから来た学生たちには評判が悪く、『高い授業料を払っているのに、教育がシステム化されていない』ってブーイングするんですね。私なんかからすると、『何言ってるの？』って感じ」</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/mainstreet.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5193" title="mainstreet" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/mainstreet-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" /></a></p>
<p>ここでミラノ工科大学のマスターに留学していた学生の意見が頭によみがえりました。「フィンランドのアアルト大学にもいたことがあるんですが、あそこはすごくきめ細かでした。正直言って、このポリテクニコのカリキュラムは配慮が届いているとはいえず、結果的に能力のある卒業生が有名になっているという感が強いですね」と語ったのです。この学生の工科大学へのネガティブな評価ポイントが、まさしくセント・マーティンズ大学の「売り」であると、ファッションイラストレーターが指摘するわけです。「リサーチ」という言葉の指す範囲や重点の置き方にも言及します。</p>
<p>「米国ではリサーチというと、市場リサーチやユーザーリサーチに重きが置かれがちなんですが、セント・マーティンズで繰り返し言われたリサーチの重要性というのは、あまりそういう対象ではないんですね。それは街を歩く人の姿も熱心に見ますが、木々の落ち葉や道に落ちてる紙の燃えカスだったりをスケッチブックに貼りつけ、そのスケッチブックを充実させていくことなんです。スケッチブックにきれいに絵を描いていくことじゃないんです」</p>
<p>エッジのきいたコンセプトを生み出すに、自らがエクストリーム・ユーザーの立場を強化するよう鍛えることかな？とも思います。たとえば米国でエクストリーム・ユーザーとの接触が重要とされるのは、どうしても市場リサーチに傾きがちであることへの反対方向への動きと言ってよいのではないかと、ここから想像できます。話を聞く限り、セント・マーティンズで教えられる「リサーチ」は、リアルやヴァーチャルにかかわらず、周辺事象を極めて内省的に眺めることではないかと思えます。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/mainentrance_up.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5194" title="mainentrance_up" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/mainentrance_up-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" /></a></p>
<p>そのファッションの学生たちが、こう言うそうです。「プロダクトデザインの連中って頭いいよね。哲学や歴史の本もたくさん読んでいるし、私たちとは違う人たちよね」と。そういえば、かつて、セント・マーティンズで勉強したプロダクトデザイナーが「教養のない人はデザイナーの資格ないですよね」とぼくに話していました。しかし、そのプロダクトデザイナーがテキスタイルやファッションの人たちの表現の方向を見ているのですから、面白いものです。</p>
<p>ファッションイラストレーターが、こう続けます。「エッジのきいたデザインというと、たとえば、ミラノでいえばコルソ・コモ１０で売っているようなファッションを指すのですが、そうしたデザインにでているコンセプトというのは、私たちが見ると、ああ、これは誰のアート作品をみて作ったな、ってわかるわけですよ。ガウディの建築に影響を受けたとか。そして、マスレイヤーに下がっていくにつれて、そのスタイルだけがトレンドのシンボルとして継承されていくんです」　ということは、コンセプトの素への接近力こそが「実力をつける」ことの中身になります。</p>
<p>ぼく自身、新しく、かつ歴史に残るコンセプトは米国ではなく欧州で生まれやすい・・という確信からヨーロッパを活動のベースにする決意をしたので、このあたりの説明はよく分かります。次回は、セントマーティンズで何を基盤としておさえ、何を革新とするか、をどのように教えるのかという事例を紹介します。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/ima2.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5196" title="ima2" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/ima2-300x300.jpg" alt="" width="300" height="300" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>セント・マーティンズ大学について語ろう（１）</title>
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		<pubDate>Sat, 05 May 2012 13:42:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[イノベーティブ思考]]></category>
		<category><![CDATA[ミラノサローネ2012]]></category>
		<category><![CDATA[ローカリゼーションマップ]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p>「同じモノを目の前に、プロダクト、グラフィック、ファッションのデザイナーが素描するとするでしょう。そうすると、かなりそれぞれのフィールドの違いが出てくるんですよね。プロダクトでは輪郭線がはっきりするけれど、ファッションではぼやける部分を残すんです。基本、動きのある人体を相手にしているんから、どうしてもはっきりしないラインは『はっきりしない』と表現するしかない習慣が強いわけですよ。もちろん、そういうことがプロダクトのデザイナーには許されないので、何でも（私からみると）無理に『はっきり』させる傾向があると思いますね」と目の前のファッションイラストレーターが語ります。ヨーロッパのファッション雑誌にイラストを描いている彼女は、ファッションの世界とプロダクトのそれを分ける、もう一つのヒントを提示してくれます。</p>
<p>「私たちは、できるできないかは別にして、アイデアをどんどん出していくトレーニングを受けてきましたが、プロダクトは構造や生産性を最初から考えながらアイデアを出すように道案内されてきていますよね。それは対象が違うから当然の帰結ですが・・・」と続けますが、この話しを聞きながら、ぼくはあるエピソードを思い出します。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/image.aspx_.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5187" title="im" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/image.aspx_-300x255.jpg" alt="" width="300" height="255" /></a></p>
<p>子供が３－４歳のころ、子供の身体に合わせた服を母親と子供で一緒に紙で作るというワークショップがありました。イタリア人のママたちは、自分のイメージする立体を最初に考えると、それをベースに平面に置き換えることなしに、紙細工をはじめます。つまり、スムーズなカーブを折り目できれいに実現することに頭を悩まして作業が止まるのではなく、ややヘンテコなカーブであろうと、まずは自分のイメージに近いカタチにしあげるーとすると、折り目ではなく２枚の紙をホチキスで無粋につなぐようなことが多くなるー。それは張りぼて的ではありますが、自分のイメージを直線的に表現しようとする意思が強く見え、結果的に「ディテールはさておき、欲しいイメージが分かる」ことになります。これがディテールで手が止まりがちな、日本のママとちょっと違うところなんではないかと想像しました。</p>
<p>言うまでもなく、プロのファッションデザイナーやイラストレーターとど素人を比較するのは恐れ多いのですが、どうもファッションフィールドの人たちとプロダクトデザイナーの間にある差も相似の関係ではないかという印象をもちます。数々の厳しい制約条件のあるところでコンセプトアイデアを練っていくのが仕事で、ファッションの人たちも制約条件のなかで作業するわけですが、条件の質の違いが両者の発想の枠組みを規定しており、特にプロダクトデザインのイノベーションを考えたときファッション領域にネタがありそうです。そういうわけで、これからテキスタイルやファッションの話題も、このブログのエントリーに入れていこうと思います。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/ka.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-5188" title="ka" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2012/05/ka-300x300.jpg" alt="" width="300" height="300" /></a></p>
<p>で、冒頭の女性が卒業したロンドンにあるセント・マーティンズ大学で何を学んだか？から紹介していきます。ジョン・ガリア―ノ、アレキサンダー・マックイーン、ステラ・マッカートニーのような卒業生の名前が綺羅星のごとく並び、ファッションビジネスを思いのままに操っている（ようにみえる）LVMHの主要ポストは、同大学の出身者によって占められています。彼女によれば、「新しいコンセプトは、セント・マーティンズ大学かベルギーのアントワープ大学の出身者から生まれていることが多く、フランスやイタリアのファッション教育は一時代古く見えてしまう」そうです。「RCAは？」と聞くと、「あそこのファッションは品が良いんだけど、ビジネスでセント・マーティンズほどの勢いはない」との言葉が返ってきます。</p>
<p>それでは、セント・マーティンズの教育を知らないわけにはいかなくなります。次回は、この大学について書きます。<br />
+1: セントマーティンズの正式名称はCentral Saint Marins College of Artで現在はロンドン芸術大学University of the Arts Londonという大学機関の中の、ひとつのカレッジ。一般的にはCSMと略す。</p>
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		<title>６月９日　ローカリゼーションマップ勉強会「検索エンジンとローカリゼーション」</title>
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		<pubDate>Tue, 01 May 2012 13:25:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[ローカリゼーションマップ]]></category>

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		<description><![CDATA[この日曜日のサンケイBIZの連載「グローバルな風景に変化をおこす鍵」は、ローカルに接近することが硬直した世界を変えるにあたりキーであると書きました。グローバルという言葉や存在を否定するわけではないし、これらの言葉にある意 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>この日曜日のサンケイBIZの連載「<a href="http://www.sankeibiz.jp/macro/news/120429/mcb1204291201001-n1.htm">グローバルな風景に変化をおこす鍵</a>」は、ローカルに接近することが硬直した世界を変えるにあたりキーであると書きました。グローバルという言葉や存在を否定するわけではないし、これらの言葉にある意図が含まれているーインターナショナルとの違いーことは認識しても、グローバルを実感し、そこにダイレクトに変化の礎を作るのは至難の業であると思います。あくまでも一人の身体に行為のスタートがあるように、地域でいえばローカルがコトをおこすにふさわしい舞台になります。しかも、複数のローカルが連鎖して・・・。</p>
<p>さて、ローカリゼーションマップ勉強会です。１４回目の開催です。</p>
<p>参加希望者は、anzai.hiroyuki(アットマーク）<a href="http://gmail.com/" target="_blank">gmail.com</a> かt2taro（アットーマーク）<a href="http://tn-design.com/" target="_blank">tn-design.com</a> までお知らせください。議論に積極的に参加していただける方、本研究会の今後の活動に貢献していただける方、大歓迎です。内容に一部変更になる可能性がありますが、その際は、ご了承ください。場所はいつもと同じく、六本木アクシスビル内のＪＩＤＡ事務局(<a href="http://www.jida.or.jp/outline/%29%E3%81%A7%E3%81%99" target="_blank">http://www.jida.or.jp/outline/)</a>です。</p>
<p><strong>６月９日（土）１６：００－１８：００　「検索エンジンとローカリゼーション」</strong></p>
<p>「ネットの普及で世界はどんどん同じになっているよね」というセリフをよく耳にします。確かにフェイスブックで世界中の友達と繋がり、グーグルで情報検索し、YouTubeで映像を楽しみ、アマゾンで本を買うという一連の行為が国境を越えてどこでも繰り広げられている・・・そんな気になっています。</p>
<div id=":230">
<p>しかし、ご存知のようにフェイスブックは世界の「どこの国」でもアクセス可能なわけではありません。アマゾンも国によって輸送コストが違い「手軽さ」は異なります。グーグル画像検索の日本版に「JAPAN」、フランス語版に「JAPON」とそれぞれに入れた場合、そこには違った日本のイメージがあります。言葉の検索結果も、当然同じではありません。私たちは、本当のところ、どんなネットの世界に住んでいるのか。実は、誰かによって住みやすく設計された世界に住んでいる。それにも拘わらず、その設計度合がよく見えていないのが実情だと思います。</p>
<p>今回はヤフーの検索事業部長や百度（バイドゥ）日本法人社長として活躍され、現在はご自身で新たな道を切り開いている井上俊一さんを講師にお願いしました。タイトルは「検索エンジンとローカリゼーション」ですが、eコマースの主要プレーヤーの本社の地域文化がグローバル戦略にどうした違いを生んでいるのか？まで含め、いつも通り幅広いテーマで語り合っていきます。</p>
</div>
<div>参加定員数：２０名<br />
参加費：１５００円（１８：００以降の懇親会参加費を含む）</div>
<div><strong><br />
講師：井上俊一（いのうえとしかず）さんの略歴およびミッション</strong></div>
<div>ユニバーサルナレッジ株式会社 代表取締役 (2011-)</div>
<div>バイドゥ株式会社 代表取締役社長 (2008-2010)</div>
<div>ヤフー株式会社 検索事業部 事業部長 (2004-2008)</div>
<div>エキサイト株式会社 CTO (1998-2004)</div>
<p>検索および知識共有サービスが大好きでこれらのサービスで人々の役に立つことをライフワークにしている。日本一多くの検索ユーザー数を誇るヤフーでの経験を他社に活かし、日本中のECサイト検索が使いやすくなることをミッションに会社設立に至る。パートナー様、一般のお客様、自社の全てが幸せになることを目指して、あらゆる知識・経験を分かち合い、楽しく仕事をすることをポリシーにしている。</p>
<p><strong>尚、フェイスブックのページ（下記）でもローカリゼーションマップの最新情報を提供していきますので、このページを「いいね！」に入れておいてください</strong>。<strong>現在、１４００人の方にフォローいただいています。</strong></p>
<p><a href="http://www.facebook.com/localizationmap">http://www.facebook.com/localizationmap</a></p>
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