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    <subtitle>WEBディレクター／WEBデザイナー、Eiji Saito。</subtitle>
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    <title>iPhoneと出版ソリューション</title>
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    <published>2010-03-09T13:23:28Z</published>
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    <summary>ちょっと前から話題になっているiPhoneアプリによる出版ソリューション。モリサ...</summary>
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        &lt;div&gt;ちょっと前から話題になっているiPhoneアプリによる出版ソリューション。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;モリサワがフォントを搭載したビューアアプリをリリース、iPhone市場に本格的に参入とのことで、そろそろ他人事ではなくなってきた予感。&lt;/div&gt; 
        &lt;div&gt;携帯小説とか、よくあんなちまちました文字で読めるよな～などと思っていましたが、iPhone+モリサワフォントなら、意外と一気に普及するのかもしれません。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;（個人的にはiPhoneアプリ標準のヒラギノも大好きなフォントです）&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;それと読む側だけでなく、書く側にとっても状況が急速に変わりつつあるようです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;聞けばアマゾンの電子書籍リーダーKindleなどの著者印税率は最大70％（！）らしく、これは&lt;/div&gt;&lt;div&gt;App Storeのアプリ開発者の売上配分に等しいのだとか。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;もちろんアマゾン側には著作権の囲い込みという思惑があるのでしょうが、これまで出版社に対してはどうしても弱い立場にならざるをえなかったライター（著者）にとってもとりあえずは朗報といえるのではないでしょうか。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;ふと思ったのですが、これからのライターにとってアドビ社のIndesignなどは強い味方になるのかも。自分の書いたものをエージェントや編集者に任せきりにするのではなく、自ら編集し、自ら適切なソースへと変換（それこそiPhoneへの対応もその一つ）してゆくことで、従来では考えられなかったオーサリングツールとして機能してくれるはず。それだけにライターの自己編集能力が問われてくる時代といえるのかもしれません。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;逆を返せば、いままで胡坐をかいていた一部の出版社や編集者はますます淘汰されていくということ&lt;/div&gt;&lt;div&gt;でしょうか。（あ、印刷会社もか。。）&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;それはそうと、iPhoneの電子辞典『大辞林』は凄い。ヒラギノ明朝の美しさはもちろんのこと、ブラウジング機能の心地よさが受けているようです。単に言葉を調べるためのツールというのを超え、「新しい言葉との出合い」というコンセプトを見事に結実させたという印象。結構売れているらしく、そういや世間は空前の漢字ブームだったりもします。少し前の『ユリイカ』誌も漢字学者の白川静を特集していましたっけ（渋すぎる！）。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;日本語・漢字の美しさを再発見するのにも電子書籍や電子辞典の存在は大きいといえそうです。&lt;/div&gt;
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    <title>マラルメはGoogleブック検索の夢を見るか</title>
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    <published>2009-07-02T10:52:29Z</published>
    <updated>2009-07-02T11:16:46Z</updated>

    <summary> 「世界は一冊の書物に至るためになりたっている」言葉による形而上学的完成を夢想し...</summary>
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        &lt;span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"&gt;&lt;img alt="CW158.jpg" src="http://www.prartweb.com/blog/saito/CW158.jpg" class="mt-image-none" style="" width="378" height="269" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; &lt;div&gt;「世界は一冊の書物に至るためになりたっている」&lt;br /&gt;言葉による形而上学的完成を夢想した詩人ステファヌ・マラルメ。あるいは書物の集合を無限の天体へと結びつけるボルヘスの＜バベルの図書館＞でもよいのでしょうが、これらのヴィジョンが美しいのは、きっとその前提に不可能という諦念が横たわり、それが逆に夢想家たちのロマンを否応なくかきたててしまうからでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところがご存じGoogleなど検索サービスの出現によって、全世界のデータベース化という想念がリアリティを持ち始めています。当初、それこそ「ヤホー」や「ゴーグル」などとギャグにもならずに間違われつつ連呼されていた頃、WEBによる検索サービスというものが秘めている限りない可能性に気付いていた人がどれだけいたでしょうか。&lt;br /&gt;（思いきりマイナーなバンド名で検索をかけてヒットしたときの狂喜乱舞も今は昔......）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな巨大なデータベース生成エンジンの雄、Google社が提供するブック検索。著作権などを巡っての問題がなにかと話題を振りまいたサービスですが、米Google社と米国作家組合・出版社協会会員社との和解が成立したとのニュースも記憶に新しいところ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;考えてみれば書店では誰もが罪悪感をさほど感じることもなく立ち読みはしているわけで、著作権が切れるまでの間はスキャン内容の一部のみを表示する（つまり拾い読み）というのは案外理にかなっているような気がしないでもありません。実際、内容の続きが気になって書籍の購入に至るケースもありそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これまで大学図書館などが所蔵する書籍のデジタル化を中心に進められてきたようですが、現時点で既に700万冊以上（！）の書籍がデジタル化されているらしく、そうはいってもスキャンは1ページずつアナログな方法でやっていたのかと思うと気が遠くなるのと同時に、たまに乱丁ならぬ乱スキャンも見受けられたりもして、それがまた妙に微笑ましくもあったりなかったり。天体への道は険しい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それにしても最初に目を付けたのが大学図書館とは、Google社もなかなかの策士、いえ慧眼といえそうです。なんといっても大学人こそは「一なる真理」へと日々邁進する人々のことを指すのですから（本当か？）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここでこちらもマラルメ的夢想を働かせてみたくもなりますが、「やがて世界は一つの情報ネットワークへと収斂する」かどうかはともかく、夢を紡ぐにもまた戦略が必要ということでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;
        
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    <title>YMOルネサンス</title>
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    <published>2009-01-19T23:58:25Z</published>
    <updated>2009-01-20T13:33:26Z</updated>

    <summary> YMO久々のライブ音源をiTunesで聴けるとあって、遅まきながら試聴。まるで...</summary>
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        <name>Eiji Saito</name>
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        &lt;p&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;img class="mt-image-none" alt="ymo_gijon.jpg" src="http://www.prartweb.com/blog/saito/ymo_gijon.jpg" width="483" height="366" /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;YMO久々のライブ音源をiTunesで聴けるとあって、遅まきながら試聴。まるでクリスチャン・フェネスみたいだなぁ、などと思ってぼんやり聴いていたら、まさしくそのフェネスが参加しているとのこと。ああ、フェネス独特の浮遊感ノイズが往年のテクノサウンドに不思議とよく馴染む。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
        &lt;p&gt;フェネスの生み出す音は、この時代に耳を澄ませばどこかで鳴っていてもおかしくないような電子音。そんな意味では、そう、ちょうど現代音楽の父、ジョン・ケージの不確定性の音楽に近いかもしれません。「世界に耳を澄ませ、ふむ、無音もまた音楽とみなそうぞ」。。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;思えばこの電子音楽ってやつ、遠くシュトックハウゼンの厳格さにまで遡ってみても、どこか一種独特の心地よさが親しみ深く、そこではもはや難解な現代音楽もピコピコテクノもないような気がしてきます。電子的ざわめきの彩るままに、ハイカルチャー／ローカルチャーの垣根を軽々と取っ払ってくれる軽妙さ、そこにこそ電子音楽の真骨頂があるといえるのではないでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;むしろ変化してきたのはアーティストの意識の側なのか、80年代全盛のノイズミュージックの、あの過激な思想と一つになったかのような攻撃性、既存の規範を打ち崩すべき手段とでもいうような破壊性を思い起こしてみるとわかりやすいかも。気づけばいつしかノイズはすぐそばに添えられるものになっていたというこの事実（それこそ携帯など）。何らかの電子音が微かにでも鳴っていないと落ち着かないのがYMO世代？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そういえば、いまや時代の寵児となった中田ヤスタカ氏によってテクノポップなるものが復活を遂げた感がありますが、iTunesのレビュー欄に寄せられたユーザーからのコメントをなにげなく読んでいて、ああなるほどと思わず頷いてしまいました。そこにあったコメントは確かこんな感じ。「自分が作りたいと思って諦めてしまった音楽がここにある」。10代の人たちが聞いている最新のテクノポップを30～40代のYMOチルドレンたちがある種の郷愁をもって迎え入れているという構図がほの見えてくるようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ついでながら連想してみるに、日本のFLASHサイトなどの多くに見受けられるビープ音やFM音源のようなあのチープな音の居心地のよさ。そこにもテクノキッズたちの遺伝子が脈々と受け継がれているといえないでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最新のテクノロジーが、実は絶えず過去への眼差しを伴っているということに気づくとき、無機的な情緒とでも呼びたくなる、心地よい矛盾の感覚をついつい抱いてしまいます。&lt;/p&gt;
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    <title>ISOT2008にみるツールの魅力</title>
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    <published>2008-07-12T05:45:40Z</published>
    <updated>2008-07-15T11:22:06Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp; 3日間に渡って開催され、盛況のうちに幕を閉じた「国際 文具・紙製品...]]></summary>
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        <name>Eiji Saito</name>
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        &lt;span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"&gt;&amp;nbsp;&lt;/span&gt;
&lt;span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"&gt;&lt;img class="mt-image-center" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 20px; TEXT-ALIGN: center" height="375" alt="DSC0141800.jpg" src="http://www.prartweb.com/blog/saito/images/DSC0141800.jpg" width="500" /&gt;&lt;/span&gt;3日間に渡って開催され、盛況のうちに幕を閉じた「国際 文具・紙製品展ISOT2008」。&lt;br /&gt;既にプラルト本社ブログにて近況などレポートされているので、こちらでは独自の視点から少々。
        &lt;p&gt;
&lt;span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"&gt;&amp;nbsp;最終日、東京での用の後、急ぎ足でゆりかもめに乗り国際展示場へ。&lt;br /&gt;（どうでもよいことですが、やはり東京湾と鉱物的な都市の取り合わせは妙に郷愁を誘います）&lt;br /&gt;僅かな残り時間を利用して視察しようという心づもりでしたが、さにあらず出展の数600社、&lt;br /&gt;思わずの高速ビューを余儀なくされました。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;各社出展ブースとも趣向を凝らし集客に精を出すなか、内輪びいきを差し引いてみても&lt;br /&gt;プラルトのブースは好評といえそうで、予想以上の引き合いにスタッフも多忙の様子。&lt;br /&gt;とはいえ（直接の注文もできるのでしょうけれど）、実際には即注文というよりはお客様との&lt;br /&gt;その後の関係こそが大事なはずで、その意味ではこれからが頑張りどころといったろころでしょう。&lt;br /&gt;（Fさん、怒涛のリストの整理、頑張ってください）。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;個人的には、リニューアルされたというクロックカレンダーのささやかながら微妙に過激さをもった&lt;br /&gt;デザインの静謐さに魅かれました。その他にもユニークなキャラクターカレンダーなど（スタッフの&lt;br /&gt;Tシャツにもプリントされていました）、なかなか人気があったようです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;
&lt;span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"&gt;&lt;img class="mt-image-none" height="150" alt="DSC0141300.jpg" src="http://www.prartweb.com/blog/saito/images/DSC0141300.jpg" width="200" /&gt;　　&lt;img class="mt-image-none" height="150" alt="DSC0142100.jpg" src="http://www.prartweb.com/blog/saito/images/DSC0142100.jpg" width="200" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;紙へのフェティシズムを捨て去ることのできない私などは、デジタルとアナログの二項対立の図式など&lt;br /&gt;意味をもちません。どちらも重要、どちらも魅力的。WEBがどんなに優れた媒体であろうと、&lt;br /&gt;紙や箱に触れる悦びを忘れることはできるはずもないのです。&lt;br /&gt;（それだけに隣りで開催されていたブックフェアも覗きたかったのですが、気付けば終了間際。残念。。）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;どうやらそんなWEBデザイナーも珍しくはないようで、文具道では一目置かれる存在であるらしい（？）&lt;br /&gt;WEBデザイナーO氏に尋ねてみると、文具への興味を支えるものは知識ではなく愛なのだそうで、&lt;br /&gt;そんな彼もまた紙と文具の夢の空間を一日中彷徨っていたのだとか。&lt;br /&gt;（注：現在は現実世界に引き戻されている模様）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;奇しくもその日はiPhoneの日本発売が開始された日でもあり、デジタルとアナログのそれぞれの魅力について思いを馳せる機会でもありました（O氏もiPhoneはiPhoneで欲しいらしい。。。）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これらデジタルとアナログのそれぞれのツール、身体性の延長という意味では同じといえるかもしれません。&lt;br /&gt;手に馴染み、指にフィットし、脳と直結するような操作の快適さ。&lt;br /&gt;とかくスペックばかりが強調されがちな今日のモノ事情ですが、今回のイベント、デザインと機能（インターフェイス）というツールとしての基本に着眼点を立ち返らせてくれる貴重な内容だったと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://www.prart.co.jp/news/2008/07/isot2008.html" target="_blank"&gt;ISOT2008 出展速報｜株式会社プラルト&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
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    <title>SF界の巨匠アーサー・C・クラーク、地球村の彼方へ</title>
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    <published>2008-04-02T05:24:59Z</published>
    <updated>2008-04-02T06:27:16Z</updated>

    <summary>SF（サイエンス・フィクション）界の大御所、アーサー・C・クラークが先月に亡くな...</summary>
    <author>
        <name>Eiji Saito</name>
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        &lt;p&gt;SF（サイエンス・フィクション）界の大御所、アーサー・C・クラークが先月に亡くなっていたとのことで、追悼と少しばかりの思い出を。もはやクラークの良き読者とはいえない私ですが、それでも十代の頃にはクラークのSF小説には随分と胸ときめかされたものです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
        &lt;p&gt;&amp;nbsp;その頃は、よくいわれるSF三大巨匠の作品を矢継ぎ早に読み進めていた時期で、アシモフのロボット工学、ハインラインの宇宙における戦争、そしてクラークの宇宙そのもののビジョンに、それぞれ強く魅かれていました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;『2001年宇宙の旅』や『幼年期の終わり』といったファーストコンタクトものももちろんよいのですが、個人的には『都市と星』でしょうか。未来永劫輝き続ける都市ダイアスパーと、その実、隠蔽され打ち捨てられてきた宇宙という設定の印象はいまだに鮮明なのだから不思議。ダイアスパーの存在などは、現在第一線で活躍する建築家たちにもユートピア都市としてのインパクトを強く残しているに違いありません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;二十代の頃にはセンス・オブ・ワンダーに満ちたSF（サイエンス・フィクション）から、徐々に思弁を意味するSF（スペキュラティブ・フィクション）へと興味の対象が移り、SFは読むとしても内側の宇宙（つまり人間？）をテーマとしたフィリップ・K・ディックやJ・G・バラードばかりになってしまったような気がします。大人になるにつれ、クラークの巨視的なビジョンがあまりに純粋でナイーブに思えてしまったせいかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;比較的後年になって、クラークは『地球村（グローバル・ヴィレッジ）の彼方』を世に問うています。通信技術の未来がやがて「世界は一つ」の実現を可能にするという、ほとんど願いにも近いメッセージが主題です。これまた欧米的主観に貫かれた正義ということもできるでしょうけれど、WEBの世界そのものでもあることを考えてみると、切実なものを感じないわけにはいきません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;クラークの作品を今後読み返すことがあるかどうかわかりませんが、とにかくもセンス・オブ・ワンダーに胸を焦がすことのできた若い日の記憶は、いつまでも大切にしまっておきたいものです。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
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    <title>egwordと日本語環境</title>
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    <published>2008-04-01T08:26:15Z</published>
    <updated>2008-04-01T08:50:42Z</updated>

    <summary> Macの日本語環境をその礎から支えてきたソフトメーカーの老舗、『egword』...</summary>
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        &lt;span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"&gt;&lt;img class="mt-image-center" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 20px; TEXT-ALIGN: center" height="400" alt="egword.jpg" src="http://www.prartweb.com/blog/saito/images/egword.jpg" width="320" /&gt;&lt;/span&gt;
&lt;p&gt;Macの日本語環境をその礎から支えてきたソフトメーカーの老舗、『egword』のエルゴソフトがパッケージソフト事業から全面撤退して早三ヶ月以上が経とうとしています。かな漢字変換プログラム草創期からMacの日本語環境と伴走するようなしかたで進化し続けてきた定番ソフトが終了してしまうという事実には、一抹の寂しさを感じずにはいられません。&lt;/p&gt;
        &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;多くのMacユーザーにとって、「書く」ことの快楽、「思考する」ことへの変革を促してくれたのは、Mac OSの存在はもちろんとして、やはり『egword』や『egbridge』をはじめとする優れて「Macライク」な、手に馴染む日本語環境だったといまさらながらに再認識しています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;Macに標準搭載されている「ことえり」が、お世辞にも優秀なかな漢字変換プログラムとはいえず、またWindows環境では事実上標準となっていたATOKの最新版が常に一歩遅れてMac対応となっていた過去の事実を思えば、バージョンアップのたびに何らかの驚きを与えてくれた『egbridge』の先進性は改めて称讃されてよいのでは。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;個人的にも、思えばいつしか「書くこと」＝「egword」の図式が成立していたような気がします。そのワープロとしての魅力の源泉は、なんといっても美しい日本語環境というものを強く意識したつくりにあるのではないでしょうか。MacOS XのヒラギノフォントやインテルMacユニバーサルへの素早い対応もさることながら、長文・縦書きへの最適化、シノプシスへの高度な対応、アウトラインプロセッサ的な使い道など、何かをつくり出せるという予感がソフトのたたずまいそのものから絶えず漂っていたといっては大袈裟でしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;思考の道具としてのコンピュータ。Mac台頭の時期によく聞かれた言葉ですが、アラン・ケイのダイナブック構想などをはじめとする（そしてもちろん坂村健一氏によるTRONという驚異の日本語環境も忘れてはならないのですが）、思考のプロセスそのものに変革を与える「個人の」コンピュータというものに思いを馳せるとき、言葉を紡ぐのもまた個人とその道具としてのマシン（そしてソフト）とのコラボなのだと勝手に解釈してみたり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;現在のエルゴソフトのWEBサイトに掲載されている挨拶にもあるように、OSの進化とともに歩んできたMacの日本語環境もここでひとまず成熟の域に達したということなのかもしれません。それでもいつか『egword』や『egbridge』が、既成の観念を打ち破るほどの革新的な「思考のエンジン」として再び登場してくれる日を願ってやみません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;エルゴソフト オフィシャルサイト&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.ergo.co.jp/"&gt;http://www.ergo.co.jp/&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
    &lt;img src="http://feeds.feedburner.com/~r/prartweb/saito/~4/X7UMPUWWipo" height="1" width="1"/&gt;</content>
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    <title>透層する建築、まつもと市民芸術館</title>
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    <published>2008-01-07T23:17:36Z</published>
    <updated>2008-01-08T01:36:00Z</updated>

    <summary> それが仕事がらみではあったとしても、松本市の主要な文化施設を巡ってみるのは純粋...</summary>
    <author>
        <name>Eiji Saito</name>
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        &lt;p&gt;
&lt;span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"&gt;&lt;img class="mt-image-center" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 20px; TEXT-ALIGN: center" height="338" alt="geijutsukan.jpg" src="http://www.prartweb.com/blog/saito/images/geijutsukan.jpg" width="450" /&gt;&lt;/span&gt;
&lt;span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"&gt;それが仕事がらみではあったとしても、松本市の主要な文化施設を巡ってみるのは純粋に楽しい経験です。先日、およそ半日ほどかけて休日にそれらを見て回り、次々と写真におさめていったのですが、折々に気づくのは松本市の新旧文化における凝縮度の高さ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;
        &lt;p&gt;悠久の歴史を感じさせるものから最新の技術を惜しみなく導入したものまで、それぞれに見ごたえがありますが、今回特に感銘を受けたのが、クラシック音楽祭サイトウ・キネン・フェスティバル松本の主要会場としても知られる、伊東豊雄の設計による「まつもと市民芸術館」。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これまでにも何度か通りかかることはあったのですが、今回初めて実際に中へと入り、その空間を闊歩することで、改めて伊東氏のユニークな建築ポリシーを感受することができたような気がします。伊東豊雄の設計思想を貫くのは、これまで『風の変容体』や『透層する建築』といった、主要な著作で提唱されてきた「柔軟な」建築ですが、この「まつもと市民芸術館」にもその片鱗を如実に窺うことができるのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;
&lt;span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"&gt;&lt;img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="187" alt="geijutsukan1.jpg" src="http://www.prartweb.com/blog/saito/images/geijutsukan1.jpg" width="250" /&gt;&lt;/span&gt;たとえば見事に湾曲し、空中に浮遊するかのようなガラスのファサード、近未来的な曲線美が目をひく内部空間の広がり、壁に穿たれた穴と間接的な光との絶妙なバランス……。さらに屋上に上がれば、芝生の広がる空中庭園といったところ（もちろん一般に開放しているのですが、とはいえ冷気のつのる冬の間は少しつらいかも）。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そんなぐあいで、伊東建築の代表作の一つに数えられる「せんだいメディアテーク」などに見ることのできる、あの物質としての重さを感じさせない建築の妙技のエッセンスが、ここ松本市にも息づいているというわけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もっとも、そんな前衛的で優雅なこの芸術館、着工当初は建設反対の声も多かったらしく、一時は建設続行が危ぶまれる時期もあったのだとか。これだけ凝った造りともなれば当然ながら莫大な費用がかかるわけで、ご多分にもれず税金の無駄遣いとの声がどこからともなくあがったということでしょう。それも一理はあるのでしょうけれど、文化の育たない都市ほど魅力のないものもないのだし、ここはどうにか発想の転換をしてみたいものです。自らの都市の文化隆盛の段階に立ち会いつつ、魅力ある空間に浸ることができるのですから。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;
&lt;span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"&gt;&lt;img class="mt-image-right" style="FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 20px 20px" height="187" alt="geijutsukan2.jpg" src="http://www.prartweb.com/blog/saito/images/geijutsukan2.jpg" width="250" /&gt;&lt;/span&gt;公式WEBサイトのプログラムを見ると、渋さ知らずの公演をはじめ、カフカの『失踪者』、ミラン・クンデラ原作の『ジャックとその主人』など、なかなかに興味深いラインナップ。さらに今後の予定を覗いてみると、敬愛する勅使河原三郎の名が。。なにやら『空気のダンス』と題し、発掘した若い才能を前面に押し出した内容になるらしく、その絶えざる挑戦の姿勢に俄然期待が高まってしまいます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;透層する建築物に乱舞する身体の流れといったコラボレーションのキャッチコピーなど想像したくもなりますが、なんにせよ、もし行けるようであればこころして臨みたいところ。魅力ある空間と公演があるかぎり、市民の足を何かがそこへと向かわせずにはいないでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://www.mpac.jp/index.html" target="_blank"&gt;まつもと市民芸術館公式サイトはこちら&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
    &lt;img src="http://feeds.feedburner.com/~r/prartweb/saito/~4/nD4ETFBqttc" height="1" width="1"/&gt;</content>
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    <title>プロヴォークの残したもの</title>
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    <published>2007-11-15T02:14:05Z</published>
    <updated>2007-11-15T02:50:44Z</updated>

    <summary> 巷ではどうやら、かつてのプロヴォーク（写真雑誌）のメンバーの再評価が著しいよう...</summary>
    <author>
        <name>Eiji Saito</name>
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        &lt;p&gt;
&lt;span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"&gt;&lt;img class="mt-image-center" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 20px; TEXT-ALIGN: center" height="313" alt="adieu.jpg" src="http://www.prartweb.com/blog/saito/images/adieu.jpg" width="222" /&gt;&lt;/span&gt;巷ではどうやら、かつてのプロヴォーク（写真雑誌）のメンバーの再評価が著しいようです。中平卓馬の最後の（？）写真集『ADIEU A X』が「1989年に刊行した幻の写真集が甦る」といささか仰々しく銘打たれて再発されたのにも驚きましたが、その他にも、気付けば雑誌などでプロヴォークやそのメンバーについて書かれているのを見受ける機会が増えたように思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
        &lt;p&gt;中平卓馬、多木浩二、森山大道らを擁し、時代のエッジを風のように駆け抜け、いまや殆ど伝説の存在となってしまったプロヴォーク。創刊から僅か3号、最後に総括集「まずたしからしさの世界をすてろ」をもって廃刊した同誌の各号は古書店での値が数十万にも及ぶとか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;普段画像を扱う仕事をしている身にとっても、やはりその影響は少なからず刷り込まれているようで、モノクロの画像を扱うときなど、その過程で思わずプロヴォーク的（？）な補正を試してしまっていたり。あたかも現実以上にその内実を映し出してしまうかのようなモノクロームの力に魅せられたのも、プロヴォークの存在が大きかったと再認識しているところです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p dir="ltr"&gt;ここで最近出版されたものをいくつか紹介します。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote dir="ltr" style="MARGIN-RIGHT: 0px"&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;中平卓馬 『なぜ、植物図鑑か』&lt;/strong&gt;（文庫本）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;映像や写真に関する評論集。まさかこれが文庫で読める日が来るとは思いもよりませんでした。（今月はなんとサルトルの大著まで文庫化してしまった筑摩書房さんには頭が下がる一方です）&lt;br /&gt;60年代後半から70年代という時代が時代だけに、かなり挑発的な言葉が飛び交っていて、それが写真の時代の熱さを同時に物語っているようでもあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;多木浩二 『建築家・篠原一男』&lt;/strong&gt;（単行本）&lt;br /&gt;メンバー随一の理論家、多木浩二はその活動を批評へと移してゆくなかで写真家としての活動を封印してしまうのですが、自身友人でもあった幾何学的な建築で知られる篠原一男へのオマージュとなる近著『建築家・篠原一男』では、プロヴォーク時代に撮影した「いかにもプロヴォーク！」な建築写真をいくつか拝見することができます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;森山大道 関係&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;おそらく最もポピュラーな存在と思われる森山大道は既に多くの著書があり、文庫化されているものも多いので、大抵の方が何かしら接していることでしょう。『遠野物語』が文庫化された後、最新写真集はこの夏に出た『ハワイ』。特に今年は森山関係の出版物がちょっと凄いことになっているような・・・。&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それにしてもいまや一億総デジカメ時代、猫も杓子も写真を撮ることは可能です。ただ、画像ばかりは氾濫するものの、立ち止まって魅入られる写真がどれだけあるかといわれれば何とも歯がゆい思いがしないでもありません。プロヴォークの写真に浸ることで、少なくとも自らの戒めにはしたいところ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;最近の出版事情には悲しい思いをすることも多いのですが、このようなよい作品の出版や復刻ならば大歓迎です。あとはプロヴォーク唯一の詩人、岡田隆彦の作品集を望むばかり・・・。講談社文芸文庫さん、いかがでしょう？&lt;/p&gt;
    &lt;img src="http://feeds.feedburner.com/~r/prartweb/saito/~4/PD_28jDqbrw" height="1" width="1"/&gt;</content>
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    <title>デリダ的郵便について</title>
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    <published>2007-11-02T01:58:47Z</published>
    <updated>2007-11-02T11:15:02Z</updated>

    <summary>郵便というシステム、そして配達ミスについて。といってもどうにか始動したJP（日本...</summary>
    <author>
        <name>Eiji Saito</name>
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    </author>
    
        <category term="テクストの快楽" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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        &lt;p&gt;郵便というシステム、そして配達ミスについて。といってもどうにか始動したJP（日本郵便）のことではもちろんなく（いえ、広い意味では関係あるかもしれませんが）、ジャック・デリダの著書を巡っての考察、というより、とりとめのない連想です。&lt;/p&gt;
        &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一部のクリエイター達から長らく翻訳出版が待たれていた（はずの）、ジャック・デリダ著『絵葉書I』が遂に刊行されました。それにしても郵便葉書の誤配を巡るこの本をいったいどう形容すればよいのでしょう。おそらく既存のジャンルに収まりきらない奇書であるのは間違いないとして、インスピレーションの導きどころか、やもすると怒涛のカオスを引き起こしかねない、そのくせ常用性だけは極めて高い麻薬的な書物です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;デリダといえば西欧文化の伝統的な理念をその内側から切り崩してみせた「脱構築」のタームで有名ですが、その受け皿ともなった日本のポストモダンの文脈（文学や哲学はもとより、広く音楽、建築、広告メディアまで）というやつはどうにも煮え切らない代物で、やれ記号だ象徴だと文化の表層を戯れていたに過ぎない印象があります。実際、日本での脱構築の受容も、それこそ誤配されたまま今では記号論とともにすっかり消費され尽くしたというのが大方の実感ではないでしょうか。&lt;br /&gt;（その間にもデリダ本人は遥かな地平にまで脱構築の可能性を拡げていたわけですが）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そんなデリダの難解な概念とされる「脱構築」を、一応は実践の場に移したとでもいえそうなのが他ならない『絵葉書』ということになるのでしょうか。その表向きの内容はといえば、デリダの妻と思われる女性へのラヴレターであると同時にソクラテスを巡る深い思索の絶えざる流れといったところなのですが、あまりにも脆い伝達の手段としての郵便に託して語られるのは、「相手に届かないかもしれない」という可能性です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;この誤配や紛失の可能性を常に抱えている郵便のシステム、実のところそのままWEBやメールに置き換えて読み解くことも可能かもしれません。送信先を誤って送ってしまったり、届いたはずがスパムメールとして処理されてしまったり……。相手に届かないかもしれないという一抹の不安、その可能性が内包するものについて、普段なかなか考えたりはしないものです。こうした無駄とも思えるものについて、あたかも詩のように炙り出してみせるデリダの手つきには、やはり感嘆せずにはいられません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ところで、この本の魅力はそうした認識論的な側面だけに留まらないのがデリダの真骨頂といったところ。なんといっても愛すべきは、この曖昧で、決してどこにも辿り着かない茫洋とした感じ。あまたの理論書とは一線を画す全体の物憂いトーンに、どうしようもなく共感してしまいます。おそらくは圧倒的に男の側に多いと思われる、この辿り着かなさへの愛着と耽溺を、世の多くの女性が「優柔不断」という名のもとに一刀両断している（と男が勝手に感じている？）ことでしょう。ここにも一つの誤配が見受けられたりもして。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;などと他人事のように言ってみても始まらないこのセンスは、えてして内的な問答になりがちで、するとこちらとしては自己言及の罠に陥っているというべきなのか、どうにも具合が悪いですが。ともかく寄る辺ないままに一人合点し、とりあえずのところ本を閉じるとしましょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さて、こうして私の届け物もまた秋の風にふわり宙を舞っているようで、どうやらこの連想の行き着く場所もすっかり見失ってしまったようです。&lt;/p&gt;
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    <title>カールステン・ニコライ、アップルストア銀座にてライブ</title>
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    <published>2007-10-21T04:41:00Z</published>
    <updated>2007-10-21T07:11:30Z</updated>

    <summary>もはや切っても切れない関係にある、PowerBookをはじめとするノートPCとエ...</summary>
    <author>
        <name>Eiji Saito</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.prartweb.com/blog/saito/">
        &lt;p&gt;もはや切っても切れない関係にある、PowerBookをはじめとするノートPCとエレクトロニカ・ミュージック。そんな状況も反映してか、Sound &amp;amp; Recording誌の特集は「WEBで始める一人レーベル」。制作した楽曲をMP3にしてアップロードする方法はもちろん、より多くの人に聴いてもらうためのノウハウ、例えばSNSの利用からiTunes Storeへの配信代行サービスの紹介まで、ダウンロード販売の手助けやプロモーションの方法まで細かく手ほどきしてくれています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
        &lt;p&gt;そして、エレクトロニカのトップ・クリエイター、カールステン・ニコライ氏が主催するラスター・ノートンのオリジナル・コンピレーションCDが特別付録。さらにこれを記念して今月22日にはアップルストア銀座において同氏のトーク＆ライブが開催されるとのことです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;展示会『平行線は無限のかなたで交わる』やインスタレーション『syn chron』でのあまりに美しい造形とサウンドスケープの融合（いつかこのようなテーマをWEBで試みてみたいものです）も記憶に新しい同氏の貴重な一日限りのイベント。入場無料とのことなので見逃す手はないでしょう。（けれど私は現在長野県在住、平日のため行くことができません。。。残念）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;カールステン・ニコライ氏はその実験的な音響の生成や自然とテクノロジーの追求において、エレクトロニカに限らず、現代アートの世界でいま最も先端に位置する人です。同氏と活動を共にすることの多い坂本龍一氏のコメントにもあるように、「音響系」の方たちは人との繋がりも大切にする傾向が強いようで、バンドと違い一人でコツコツと作業するイメージとは異なり、エゴイズムを乗り越えた可能性を感じさせもします。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そういえば少し前には、坂本氏と親交も深く、エレクトロニカの影響を強めているデヴィッド・シルヴィアンが香川県の直島に訪れ、自然の音をサンプリングしていました。島全体がアートになる企画展『NAOSHIMA STANDARD』の一環としてですが、訪れた人はそのサウンドの入ったiPODを貸し出され、シルヴィアンによる音のコラージュを聴きながらアートの鏤められた直島を歩くことができるというものだったようです（現在はCD化されています）。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;そのシルヴィアンが今月来日、渋谷オーチャード・ホールの素晴らしい音響システムでのライブが行われます。なんとドラマーとしてスティーヴ・ジャンセンが参加。（ちなみに私にとって、シルヴィアンは最も敬愛するアーティストの一人ですが、これまた平日のため行くことができず。。。さぞかし良いライブになることでしょう。行かれる方が羨ましい）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そしてまたスティーブ・ジャンセンはこれまで高橋幸宏氏とのコラボレーションなどはありましたが、24日には待望のソロアルバムが出るということでこちらも楽しみ。やはりエレクトロニカを基本軸としながらも、さまざまな試みがなされた野心的な作品に仕上がっているそうです。シルヴィアンもボーカルで一曲参加の模様。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;音響と人肌の密な関係はまだまだ終わりそうにありません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://www.apple.com/jp/retail/ginza/week/20071021.html" target="_blank"&gt;アップルストア銀座　イベントスケジュールはこちら&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
    &lt;img src="http://feeds.feedburner.com/~r/prartweb/saito/~4/523H42KPlSc" height="1" width="1"/&gt;</content>
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    <title>黒川紀章とメタボリズム建築</title>
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    <published>2007-10-13T00:49:25Z</published>
    <updated>2007-10-13T01:07:46Z</updated>

    <summary>建築家の黒川紀章が亡くなったとのことですが、テレビ等での報道の大きさには驚きです...</summary>
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        <name>Eiji Saito</name>
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        &lt;p&gt;建築家の黒川紀章が亡くなったとのことですが、テレビ等での報道の大きさには驚きです。師にあたる丹下健三が逝去したときでさえ扱いはずっと小さかったはず。何とも皮肉ですが、建築界での成果よりも都知事選や参院選へ立候補した際に見せた一風変わったパフォーマンスにより、お茶の間での「変わったお爺さん」という印象とともに一躍有名人になってしまったことが大きな理由のようです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
        &lt;p&gt;それはともかくとして、都市再開発のブームも手伝ってでしょうか、最近はかつて黒川らが中心となって起こされた建築運動、メタボリズムの再評価がめざましいようです。CASA BRUTUSあたりがしきりと取り上げるようになったこともあり、若い人たちの間でもコルビュジェやミース、ライトなどと並んで、メタボリストやその周辺の建築家たち（当時メタボリズムと伴走していた磯崎新など）がちょっとした知的アイコンになっている模様。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;都市自体を生物体として捉えるメタボリズムの考え方は、理念の違いこそあれ、現在の東京の殆ど畏怖すべき変化の早さを窺えば、思わず頷けてしまうというもの。これまた皮肉なことに、メタボリストたちが標榜した「都市」が田園であり海上であり空中であったのに対し、現実に新陳代謝する「都市」とは紛れもなく東京そのものでしかないのですが。。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;メタボリズムの構成メンバーは黒川の他に菊竹清訓、牧文彦、川添登、粟津潔らといった錚々たる顔ぶれで、計画の中には妄想としか思えないものも多いのですが、想像力という点では他の誰も追随できないオリジナリティを有していたといえるのではないでしょうか。特に菊竹や黒川の描く、そのSF的なドローイングの魅力には随分と刺激を受けたものです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;レトロフューチャー感覚とでも呼べそうな鉱物的な都市独特の空気感が好きで、東京に住んでいた頃はよくウォーターフロントに足を運び、人工的な都市や浜辺を歩き、スナップショットを撮ったりしたものです（J・G・バラードや日野啓三の世界といえば分かっていただける方もいるかもしれません？？）。当然のように黒川の設計した中銀カプセルタワーなども見て歩きましたが、メタボリズム建築を概観して感じることは、「かつて夢見られた未来世界の残響」。メタボリストたちの活躍は東京オリンピックや大阪万博と時期的にも重なりますが、希望に満ち溢れた時代の産物というのは、やはりどこか郷愁を誘うものです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;不思議と廃墟とも通低するようなノスタルジックな未来とは、今という観点がそこから限りなく遠いということを同時に意味しているのでしょうか。&lt;/p&gt;
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    <title>マキアージュとシューゲイザー</title>
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    <published>2007-10-09T03:44:17Z</published>
    <updated>2007-10-09T05:30:58Z</updated>

    <summary>資生堂MAQuillAGE（マキアージュ）のCMに流れる曲を聴いてハッとさせられ...</summary>
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        <name>Eiji Saito</name>
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        &lt;p&gt;資生堂MAQuillAGE（マキアージュ）のCMに流れる曲を聴いてハッとさせられた人もいるのではないかと密かに思うのですが、この音は紛れもなくシューゲイザー・サウンド。轟音であるにも関わらず静謐さが漂い、ノイジーなのに美しいという、90年代初頭以前、もっとはっきり言ってしまえばマイ・ブラッディ・ヴァレンタインというバンド以前には、（一部のノイズ・ミュージックを除き）ほぼ存在しなかったといえる音楽の質感です。&lt;br /&gt;（ジーザス&amp;amp;メリーチェインというバンドが先駆といえばいえますが、静謐さとは少し違う気がします）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
        &lt;p&gt;化粧品に轟音という組み合わせも衝撃的ですが、マキアージュのCMを初めて見たとき、ともかくその激情と静けさが同時に宿るような音の洪水に身を委ねつつ、不覚にも一瞬にして自身の抽斗を空けられたような、奇妙な感覚が身体を貫きました。あるいはU2の『THE JOSHUA TREE』のイントロあたりをも彷彿とさせるディストーションや深いエコー、これでもかとばかりに施されたエフェクト処理。シューゲイザーの系譜を追いかけることにもうあまり熱心でなくなった今だからこそ、かつて好んで聴いた音との邂逅に、不意を突かれたかたちといえるかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もっとも、作り手が本当にシューゲイザー・サウンドを意識しているのかどうか定かでないのも事実です。フジロックにも参加し、MOGWAIのレーベルからもレコードを出しているらしいこの日本のバンドenvyについて、興味を抱きつつも詳しいわけではないので、はたして彼らがこのような音楽を中心に活動しているのかどうかも調べてみないかぎり分からないのです（他の曲は全く違うのかもしれません）。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ただ、ここで問題にしたいのはそのことではなく、実はシューゲイザー・サウンドに限ったことですらないのですが、最近は同世代、もしくは比較的近い世代の方たちがCM界の制作現場でも活躍されていて、そのことがこちらの感覚をこれまでとは別のしかたで揺すぶっている、という関係性についてです。同世代の彼らが制作するCMを見るにつけ、一目で、もしくは一聴して、何から影響を受け、それをどう自らのテリトリーに取り入れようと試みているのかが分かる、または想像できるケースが増えてきているように思えるのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;メロディ限界説などというものがありましたが、今の時代、全く新しい何かを生み出すのは至難の業です。（これは少し残念なことでもあり、それこそシューゲイザー・サウンドを初めて聴いたときのような衝撃を再び経験できるのかどうか、どうにもこころもとない感じがしています）&lt;br /&gt;止揚されつくしてしまったかに見える世界を対象として、それでも何かを作り出さなければならないのだとすれば、物づくりに関わるすべての人にとって、自らのルーツをどう料理するかがこれからの勝負になってくるのかもしれません。同世代の者に思わず「やられた」と感じさせるような、既視感ですら（だからこそ）衝撃に変えてしまうような......。&lt;/p&gt;
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    <title>幻（？）のXANADUプロジェクト</title>
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    <published>2007-10-03T00:13:10Z</published>
    <updated>2007-10-03T12:12:09Z</updated>

    <summary>長い間にわたって続けられる営為というものは、ときとしてその長さが原因となり迷宮へ...</summary>
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        <name>Eiji Saito</name>
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        長い間にわたって続けられる営為というものは、ときとしてその長さが原因となり迷宮へと入り込むことがあるものです。皮肉にもその最良のエッセンスのみを他の誰かに素早く抽出されてしまったりしながら。テッド・ネルソンが60年代初頭から文字通りライフワークといえる緩慢さで続けている、ハイパーテキストをめぐる半永久的なプロジェクト"ザナドゥ"も、そうした稀有な、ある意味不運な営為の一つといえるかもしれません。
        &lt;p&gt;&lt;br /&gt;そのプロジェクトの名は、サミュエル・テイラー・コールリッジの詩篇　『クーブラ・カーン』において桃源郷を意味するザナドゥからとられています。従来の文字情報では不可能だった、テキスト間を相互に関連付け、文書の宇宙を自由に行き来するというハイパーテキストの概念に、（あたかもボルヘスによるバベルの図書館のような）ユートピアのイメージを重ね合わせてみたというところでしょうか。ヒッピーからコンピュータの世界に入った人らしく、そんなところにも独特のセンスが窺えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ハイパーテキストの理念をいかんなく援用しながら、ネルソンは80年代初頭に著書『リテラリーマシン』を著しています。そこに記された夢想はまさしくネット社会の萌芽といえるもので、そのうちのいくつかが既に現実のものとなっているのは興味深いところ。もちろん現在はご存知ティム・バーナーズ＝リーによって提唱されたWorld Wide Webが世界を席捲し、事実上インターネット＝ウェブということになっているわけですが、（そして私たちもまたその恩恵に授かって日々過ごしているのですが）、そうしたネット文化の礎には、ネルソンのような意欲的でちょっとばかり商売下手な研究者の気の遠くなるような営為があることを忘れないでおきたいものです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それにしてもこのテッド・ネルソン、カウボーイの格好をしながらプログラミングする姿もチャーミングなのですが、WEBに対してはあくまで批判的な態度を表明し続けているところが興味深い。やはり現在のWEBはまだまだ発展途上、縦横無尽にメディアの宇宙を旅する理想（＝ザナドゥ）からはほど遠いということなのかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;WEBがこれだけ社会に浸透し、ほとんど空気のような存在となったいま、ザナドゥが今後改めて脚光を浴びる可能性は殆ど期待できないというのが実際でしょうか。コールリッジの描いた幻の都の名に相応しく、いずれは過去の遺物として語られる対象となってしまうかもしれません。それでもネルソンのような強烈な個性を生んだ情報工学の分野も、あながち夢のない世界でもないのだと感じます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　　&lt;br /&gt;加速し続けるネット社会が今後どのような道に進むかは未だ見えてきませんが、ネルソンのような少し奇抜な格好と思想の持ち主、そしてその妖しげな魅力だけは失わない世界であってほしいと願ってやみません。&lt;/p&gt;
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    <title>80s モード</title>
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    <published>2007-09-27T13:34:28Z</published>
    <updated>2007-09-27T13:51:06Z</updated>

    <summary>先々月号の『HUgE』に続くようにして、『BRUTUS』（今月15日発売号）が8...</summary>
    <author>
        <name>Eiji Saito</name>
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        &lt;p&gt;先々月号の『HUgE』に続くようにして、『BRUTUS』（今月15日発売号）が80sファッションを特集しています。なぜいま80sなのでしょう。確かに、あの時代特有の煌びやかさが、かつて日本が自信に満ち溢れていた時代、少し明るすぎる享楽の記憶を伴って思い出されるというのはあるかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
        &lt;p&gt;でも現在第一線で活躍するファッションデザイナーやフォトグラファーに注目してみると、実は80年代の表側の煌びやかさよりも、むしろ文化的にはマージナルだった事象にこそ拘りをもっているように思えてなりません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;たとえば、『HUgE』で紹介されているとおり、およそ3年にわたってディオールのメンズラインを牽引してきたエディ・スリマン。彼によるディオール・オムとしての最後の仕事は、どうやらニューウェイヴがテーマということらしいのですが、そういえばエディ・スリマンは68年生まれ。まさしく80s ニューウェイヴを聴いて育った世代には違いなく、確かに彼のつくりだすシルエットからは、どことなくあの時代特有の香りが立ちこめてきます。重く引き摺るようなリズムと実験的な音、内省的な歌詞、そしてグラマラスな髪型。そんなニューウェイヴの音楽とスタイルにぴたりと寄り添うファッションが、あくまで現代に介入するようなしかたで取り入れられています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして『BRUTUS』が特集するのは、80年代にエポックメイキングだった映画作品のイメージに合わせたファッションフォト。こちらも大衆的な雰囲気からはほど遠いカルト的な映画『ブレードランナー』のイメージなど、当時デッドテックフューチャーなどと呼ばれた退廃的な感覚を反映させた、なかなかマージナルでありつつ、それでいて紛れもなく80sリバイバルなヴィジュアルです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これは個人的な嗜好に起因しているのかもしれませんが、面白いことに、比較的最近であるはずの2000年以降の文化的キーワードといわれても即座には出てこないような気がするのに対し、80年代の妖しげなサブカルチャーのそれは、ほとんど絶対的なインパクトとして刷り込まれてしまっています。モードに限っても、ワイズやギャルソンを代表する「モードの黒」は、一つのオブセッションとして生涯抱えることになりそうです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;『HUgE』で久しぶりに姿を拝見したニック・ナイト。ワイズやギャルソンのヴィジュアルをこれ以上ない存在感で際立たせてみせた彼もまた、あの時代の空気感を携えたまま、現代を颯爽と渡り歩いています。単なる懐古主義ではなく、身体に浸透しているがために必要とし、表現してしまうようなセンス。80年代のマージナルな文化に影響を受けた端くれの一人として、（便利な言葉ではありますが）リスペクトせざるをえません。&lt;/p&gt;
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    <title>窪田空穂記念館</title>
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    <published>2007-09-22T08:27:17Z</published>
    <updated>2007-09-22T08:38:16Z</updated>

    <summary>信州アルプスの風光明媚を独自の叙情に託した歌人、窪田空穂。どうやらその記念館が仕...</summary>
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        <name>Eiji Saito</name>
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        &lt;p&gt;信州アルプスの風光明媚を独自の叙情に託した歌人、窪田空穂。どうやらその記念館が仕事場の近くにあるらしいということを知ったのはわりと最近のことで、一度は行ってみなければと思いつつ、なかなか機会をつくれずにいたのでした。よく晴れた日の昼下がり、たまたま休日出勤をした折にふと思い立ち、休憩ついでにふらっと立ち寄ってみることに。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
        &lt;p&gt;記念館周辺は民家が点在するひっそりと落ち着いた雰囲気で、気をつけていないと通り過ぎてしまうほど。建物はそれ自体として興味深いもので、フォルムこそモダンなものの、空穂の生家ゆずりとでもいえそうな大きな屋根が印象的。間接的な光の取り入れ方を考慮した展示の空間は、光と影の調和を思わせるなど随所に静謐さの演出が見られます。二階の展望ギャラリーの菱形の窓からは空穂の生家をそれこそ額に収めるようにして眺めることができという、ちょっとユニークな工夫も。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;お気付きのとおり、空穂の生家は記念館の真向かいに位置するわけですが、小道を挟んで対面するかたちになるその景観は、周りの大木も相まってどっしりとした存在感で、それだけでどこか悠久の時を感じさせもします。ちなみに記念館の展示物には生家の模型もあり、その気になれば間取りなど正確に窺い知ることもできるでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ところでこの生家、実は文化行事の一つとして定期的に将棋教室が開かれているらしく、偶然にもちょうどその日は東京からプロの棋士が子供たちに手解きをしに来ているとのことでした。ちらと覗いてみると、ちょうど子供たちが真剣に取り組んでいる様子で、なるほどこれだけ広い屋敷ならばそうした行事にもうってつけという気がします。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さて窪田空穂といえば短歌ですが、その点に限っていえば私自身は空穂の良き読者とはいえないかもしれません。というのも、これまで空穂の著した作品に触れるにつけ、むしろ短歌という形式から溢れ出してしまうような部分にこそその魅力の源泉を感じ取っていたからです。奥深い短歌の世界にはいつか没頭してみたいとうっすら感じつつ、どちらかというと散文詩やエッセイのような馴染みあるものに引き寄せて読んでいるというのが現状だったりするわけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もっとも、老いを感じさせない瑞々しさを生涯に渡って失わなかった空穂のこと、彼自身が短歌の新しい読み方を模索していなかったとも限らないという気もします。記念館が伝統とモダンのアマルガムからなっていたように、従来の短歌の存在に新たな光を当てるような読み方というものがあってもよいのかもしれません。&lt;/p&gt;
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